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2019年4月29日月曜日

キャラバンサライ包で旅気分。


先週、パキスタンの旅先で一緒に過ごした日本人女性と、
約半年ぶりの再会を、果たした。



東中野にあるアフガニスタン料理屋、
キャラバンサライ包(パオ)にて。





共に喰い、慈しむ食卓が街を耕す。羊の包。


そう書かれた大きな垂れ幕が下がる、
怪しいビルの一階。






開店とともに店に入ると、
赤い絨毯がひかれたエスニックな雰囲気のお部屋。
少し時間が経つと、週末だったせいか、
予約客がどんどんやって来て、賑わう店内。







アフガニスタン料理をはじめとして、
パキスタンのペシャワールや、
中央アジアの美味しいものが一度に味わえる、
なんとも魅力に溢れたお店。




私たち二人とも、
パキスタンだけでなく中央アジアなど
周辺地域も訪れていたこともあり、
懐かしい味わいや異国情緒溢れる雰囲気に癒されつつ
旅の話は尽きない。





料理の方も、現地の味を思い出すような見事な再現っぷりだけど
日本風にしっかりアレンジもしてあって、絶品。
何を食べても美味しくて、懐かしくって、
もう、感無量。






ペシャワールでよく目にしたホーローポットに
カルダモン薫るカワチャイ(緑茶)


そう、これこれ。美味しかったよね。
チトラールの宿で暇してた時、
ファルークがよくご馳走してくれたな。
毎日のようにチャイ屋にも通ったっけ。







ナンの形はペシャワールスタイル。
ここのチキンカラヒィはマイルドで日本人好みだと思う。
器まで徹底して現地のものが使われていたり。







二人とも羊肉嫌いだったけれど、
「この店に来て羊を食べないわけにはいかないよね」
とチャレンジしたアフガンマントゥも、案外いけた。


羊肉嫌いも克服できてしまいそうな、気がしたよ。











勉強しなければならないことが山積みで、
慣れない環境に加えて、
身近に旅の話ができる人がいないこと、
1週間以上の休みは取れない=パキスタンに行くのは難しい
という現実もありで、
少し気持ちが沈みがちだったこの頃。


自分で決めたことだし、
将来の可能性を広げることになるとは言え、、
パキスタンロスが半端ないのです。


次行けるの、いつになるのかなぁ・・・







でも、彼女に会えて話ができたこと、
美味しい料理をたくさん食べれたことで、
明日へのパワーが出てきました。





日本にいても、
旅気分を味わうことは、できるね。







さーて、
また明日から、がんばりますか。


2019年4月21日日曜日

ビリール谷の顔【パキスタン・カラーシャ】

ドローシュからアユーンという村を経由し、
カラーシャのビリール谷を訪れた。


(カラーシャには3つの谷があるが、
そのうち2つは以前に訪問している。)


▼ブンブレット谷の訪問記事
世界一可愛い?民族の谷カラーシャ
JOSHI〜カラーシャ谷、春のお祭りにて〜

▼ルンブール谷の訪問記事
カラーシャの素朴な谷、ルンブール
カラーシャの夏祭りウチャオ



ビリール谷は、他の2つの谷と比べて町からのアクセスがしやすい。
そのため、地理的要因などによるイスラム教への改宗者も多く、
3つの谷の中では一番、カラーシャ族の人口が少ない。
(カラーシャ族は別名、「カーフィル(異教徒)」と呼ばれる。
カラーシャ族は、独自の多神教と文化を持った人々のこと。
改宗した者は「カラーシャ」ではなく「ムスリム」になる。
この地域では、ムスリムとカラーシャの関係は良好。)



イスラム教徒が多く、カラーシャ族の人口が少ないビリールは、
観光客も一番少なくてどちらかというとマイナーな場所。
でも、だからこそオススメ!という旅人も。


「ビリールは、ほのぼのとしている村。
のんびりとカラーシャの人との交流を楽しむにはいい。
ただし、ベッドバグにやられることは覚悟して」


先にビリール谷を訪れた欧米人パッカーのそんな話を耳にし、
興味が湧いた私はビリール村を訪れることにした。







ここからは、ビリール谷で出会った人々を、写真とともに紹介。





カラーシャの少女

ビーズや貝があしらわれたシュシュット(被り物)
とビーズのネックレスを身につけている。
髪型は、前髪と左右の3ヶ所三つ編み。
カラーシャ女性の典型的な日常スタイル。






カラーシャの老女

私の存在に気づくと、
イシュパータ!バーバ!(カラーシャ語で“こんにちは、お姉さん。”)
と笑顔で近づいて来て握手とハグをしてくれた。
笑顔が素敵な女性。しかし、カメラを向けると真顔に。
顔に深く刻み込まれたシワが、とても美しいと思った。






シャハナンデーの青年

ビリール谷、川の上流へ。
シャハナンデーという村を目指して歩いていると、
大量の収穫物を背負って歩いてくる逞しい青年に出会った。
彼は、シャハナンデーに住むムスリム。






シャハナンデーの家

シャハナンデーという村まで来たようだけど、
ここはずいぶんと山奥にあり、数件まばらに民家が立っているのみ。
誰かいないかな、と村を歩き回っていると、
家の庭で遊んでいる、少女たちと目が合う。
この村までくる外国人は珍しいようで、
慣れない彼女たちは初めは「キャッキャ」と声をあげながら
家のドアのところから私を興味津々に見ていたけれど
しばらくすると一人の少女が庭先にいる私のところまで来てくれた。
握手をして、「私の名前はユキ。日本から来たの」とウルドゥー語で言うと
「ぜひ家に寄って行って」と、可愛らしいお部屋へと招き入れてくれた。
このお部屋は、新婚夫婦のお部屋らしい。
刺繍布があちこちに飾られていたり、センスの良い部屋の装飾。
私を迎え入れてくれた高校生くらいだと思われる女の子たちは、
家族や親戚同士で、一つの家で一緒に暮らしているようだった。
みんな、ものすごい美少女。
大人になったらどんな美しい女性になるのだろう、と一人で妄想を膨らませた。
彼女たちはムスリムだったので、写真は撮らなかった。
お土産に、マルベリーとクルミをいっぱい持たせてくれた。






シャハナンデーの少年

私を招き入れてくれた子たち中で、ただひとりの男の子。
カラーシャ谷に暮らす小学生(男の子)の制服である、
“PAKISTAN”と印字された緑色の帽子を被っている。
やんちゃボーイで、口の周りはどろだらけ。
吸い込まれそうなほどに美しい瞳を持った子。
この子も将来ハンサムな男性になりそうだ。






シャハナンデーのヤギ

パキスタンの山間地域では、ヤギを飼っている家が多い。
パキスタンを訪れるようになってから、
ヤギの可愛さに魅了されるようになった。






イルファンゲストハウス

ビリール谷唯一の、ゲストハウス。
(ビリールには他にもホテルはあるようだったけれど、
営業しているかどうかは不明)
カラーシャで警察官をしているアリーが面倒を見てくれた。
(ゲストハウスのオーナー・イルファンの息子)




が、ここで案の定、ベッドバクにやられる。
そしてその後3週間ほど、夜も眠れないほどの、
全身の激しい掻痒感に苦しめられることとなった。






2018年10月 訪







ゲストハウスでいただいた夕食




***


【ビリール谷への行き方】

①ドローシュからアユーンへ(チトラールからも可)

■手段:乗り合いタクシー
■料金:一人Rs.100
■出発:町の中心部にあるバスターミナルから
■到着:アユーンの中心部
■所用:約1時間

②アユーンからビリール谷へ

■手段:貸切タクシー
■料金:Rs.1000
■出発:アユーンの中心部
■所用:約40分

早朝だと、乗り合いタクシーも出ているらしい。
私は13時頃に行ったので、あいのりする人が見つからず。


【ビリール谷の宿】

Irfan Guest House イルファンゲストハウス




2019年4月15日月曜日

杏の花が咲く季節。



先週、地元の杏の花が、満開に。



地元に戻る度に訪れる、姨捨地区。
姨捨駅や長楽寺のあたりから棚田を見下ろすと
きまっていつも、フンザの懐かしい景色を思い出す。



ひどい乾燥のために砂埃の舞う白い大地、
気まぐれな太陽が顔を出してくれた日の
ぽこっぽこっと雲が浮かんだ、優しい青空、
白い雪を頂いた雄大な山々・・・
お気に入りの場所から
正面奥に見えるのは、標高7000mを超えるラカポシ。
振り返ると、フンザの谷を見守るようにウルタルが聳え立っている。











アーモンド、アプリコット、チェリー、
ピーチ、アップル・・・
石造りの家と段々畑の間に立つ木々は
次々と華燐な花をつけて、人々の目を楽しませてくれる。







やさしいピンク色に包まれた村を散歩していると
地元の人たちがHello!と言ってニコッと微笑みかけてくれる。









去年も、一昨年も、
フンザで春をめいっぱい謳歌した。



なんて贅沢な時間だったのだろう、と思う。
体全体の細胞という細胞が、生き生きと呼吸を繰り返している、
そんな感覚のする日々だったよ。



出来ることなら、
ずっとあの国にいたい、
と思ってしまうし

実際その気になれば、
そうすることも不可能ではないことは、
わかっている。




けれど、けっきょく今わたしは、
日本で生活することを、
選択している。











いつも何か満たされない気持ちを持ち続け、
その何かを外の世界に求めていた私に、
そのままで十分に幸せなんだよと、気づかせてくれたのは、
パキスタンやパレスチナをはじめとした、旅先で出会った多くの人たち。
そして、彼らを通して学んだ、イスラームの教え。




私には自分の国があって、帰る家がちゃんとある。
「いつでも帰ってきていい」と言ってくれる温かな家族がいる。


自分の町をでるためにチェックポストを通らなければならない、
なんてことはまずないし、
好きな場所に行くこと、海を見に行くこと、
海の外の世界へと行くことだって許されている。
ご飯が食べられなくてひもじい思いをすることもない。
蛇口をひねれば水がいくらでも使えて、
24時間いつでも温かいシャワーを浴びることができる。
贅沢な生活はできないにしても、質素に暮らしていれば、
お金に困ることも、そして仕事に困ることもたいていの場合、ない。
6歳になれば小学校へ行き、卒業したら中学校へ。
家の手伝いや学費が払えないことを理由に学校に行けなくなることなどないし、
好きなだけ勉強をしたり、友達と外で遊ぶこともできる。
裁判無しに急に政府に拘束されるなんてこともありえないし、
ロケット弾の襲撃に怯えながら生活するなんて想像もできない。





私にとって当たり前だった世界は、
広い世界を見渡して見ると、
全くもって当たり前ではなかったのだということも、
世界を旅する中で実感した。




そして、そうした世界が、
私たちの暮らしの、合わせ鏡の裏側にあるのだということも。











生き方を選べる自由があるということは、
ある意味ではとても厳しい。



自由であるということは、
そのぶんだけ、神様から多くの宿題を、
与えられているということ。






お前は何を思うのか?
お前はどう生きるのか?





日々、試されているような気がする。













みんなに恥じないような生き方ができるように。




どこにいっても、その地域で、社会で、
人々のために何かができる人間になるために。



“与えることは、与えられることの何倍も幸せなこと”





与えてもらうのを待つのではなく、
いつも、与えることに喜びを見出して生きて行きたい。









また、修行の日々です。











2019年4月11日木曜日

アフガンの香り漂う町【パキスタン・ドローシュ】






パキスタン北西部、チトラールに次ぐ第二の町、
ドローシュ。


目立った見どころはなく、ガイドブックにも載らないこの町に、
あえて行こうとする外国人は、きっと私くらいなものだろう。





かつてはアフガニスタンのバダフシャン州の一部だったドローシュ。
水上交通を含むDrosh-Jalalabad Roadは、
インドからカブールへの主要な貿易ルートのひとつだったらしい。



アフガンからの移民も多く、
チトラールとも、ペシャワールともまた違う、
独特の雰囲気を纏った町。








小さな靴の修理屋。

捌きたての新鮮な肉屋。

所狭しと並べられた色とりどりの野菜屋。








ここもまた、どこを切り取っても絵になる。




バザールを歩く。

ただそれだけなのに、新鮮な驚きと、発見が満ち溢れている。



















なにやら男たちが集まって作業をしている。


近づいてみると、そこには大量のハシシがあった。


こんな光景が簡単に見れてしまうのも、ドローシュならでは。










護衛ポリスのイブラヒムに、行きつけの食堂に連れていってもらった。
チキンビリヤーニ、パクチーのかかったダールとジャガイモのキーマをいただく。




これがもう、絶品。






今まで食べたパキスタン料理屋の中で、
ダンドツナンバーワンの食堂だったとおもう。





写真を見ているだけで、

お腹も心も満たされてしまうよう。






2018年10月 訪







***


【ドローシュへの行き方】

①イスラマバード・ペシャワール方面からチトラールへ向かうバスに乗り、途中下車。
②チトラールの南バスターミナルから乗り合いタクシーにて。
 ■所要時間:1時間強 ■料金:150パキスタンルピー


【ドローシュの宿】

Khybar Place Hotel
■シングル500パキスタンルピー〜
■ホットウォーター、wifiなし
■英語スタッフなし
必要最低限の設備だけど不潔ではないし、
スタッフもみな優しく感じが良い。
町の中心部だけど、少し奥まった場所にある。
人に聞けばすぐに教えてくれる。


City view hotel
■シングル500パキスタンルピー〜
■ホットウォーター、wifiなし。
電気コイルでお湯を沸かしてくれた。
■英語スタッフなし
町の中心部にあり、バザールに面している。
2階からはバザールを見渡せる。
カイバルパレスより若干綺麗だった気がする。


【ドローシュの治安】

外国人には護衛警察が必須。
到着とともに、警察署へと連れて行かれる。
平和に見えるけれど警察曰く「どこに危険が隠れているかわからない」とのこと。
長期滞在や町歩きはできるだけせずに、早くチトラールに戻るようにと言われた。





※2018年10月時点での情報になります。


2019年4月8日月曜日

夢のボロギール、

「夏のボロギール」 − PAMIR TIMESより引用















ずっと、この景色を見たかった。


ボロギールを、夢見ていた。




4度目となった、パキスタン渡航。


今回の訪問には2つの目的があって、
そのひとつが、ボロギールへ行くことだった。



ボロギールは、チトラール地方の最北部、
つまり、パキスタンの最北にある谷。


憧れの、アフガニスタンのワハーン回廊。
その中心地であるサルハドに、とても近い。
(ボロギール峠を越えてサルハドへは1日あれば行けるようだけれど、
現在外国人がこのルートでアフガニスタンへ渡ることは、
たとえビザを持っていたとしても難しいだろう。)
ワハーン回廊に行くことが難しい今現在、
一番それに近い暮らしを見れる場所が、ボロギールではないかと思う。



ボロギールには、約250のワヒ族と、1つのキルギス族の家族が暮らしている。
昔、アフガニスタンのワハーンから移り住んで来た人々の末裔だ。



標高3000mをゆうに超えるボロギール。
夏は短く、冬は長い。深く、冷たい雪で、覆われる。
電気はない。ネットや電話も通じない。水は、川から得る。
厳しい自然環境の中で自給自足をしながら、
伝統的生活で暮らす人々に、会ってみたかった。






2018年10月。


ボロギールでは、いつ雪が降ってもおかしくない時期だ。
夏まで待ってから行くほうがいいことは、わかっている。


でも。


心の底から行きたい場所ならば、
行きたいときに、行けるうちに行く。


様々なことを理由に二の足を踏んでいては、
一生行く機会を失ってしまうことだって、あるかもしれない。
ビザや許可証が必要な場所ならなおさら。


そんなことが、体験的に沁みついていた私は、
ベストシーズンなど待っていられなかった。
冬だから見れること、体験できることも沢山あるはず。






チトラールへ到着してすぐ、
外国人滞在登録を済ませるため、警察署へ。
以前もお世話になった登録スタッフのワカースは、
私の名前を覚えていてくれた。


さっそくボロギールに行きたいことを話すと
「今は寒いからやめた方がいい」と言われた。
寒いことは承知の上、準備をして来ていることを伝えると、
警察としては問題ないこと、
行くときは護衛を手配することを約束してくれた。



次に、ツーリストインフォメーションへ。
ボロギールへの移動手段や現地での滞在先の相談をさせてもらう。



そして、DCオフィスへ。
ボロギール行きのことを話すとやはり
「寒いからやめた方がいい」と言われたが、
オフィスの所長と面談。
ボロギールへ行きたい理由や、
手段や滞在先も準備があることを伝えると、OKしてくれた。


ただ最終的な判断はセキュリティエージェンシーになるということ、
NOCパーミッションをもらうために必要な書類を作成してくるように、
ということを言われた。


すぐにネットカフェに行き、
店員や護衛警察に手伝ってもらいながら書類を作成し、再びDCオフィスへ。



書類を受け取ってもらい、
1週間後に結果が出ると言われた。



一週間の間、チトラールの周辺の町や村を訪れた。
そして、再びDCオフィスを訪れる。



オフィスの担当者にNOCのことを聞いてみると、



なんと、




許・可・さ・れ・な・い・・




と・・・。







おそらく問題なく取得できるだろう、
と期待していただけに、ショック。


DCオフィスとしては、行かせてあげたかったけど、
セキュリティエージェンシーの許可が下りないのでダメ、とのことだった。



あとあと聞いてみると、
ACオフィスのほうが取りやすいだとか、
イスラマバードで申請したほうがいいとか、
他にも方法はいろいろあったようだけど、
もう不許可が出てしまっているのでどうしようもない。



そのあと、ボロギールの情報を教えてくれていた地元のファルハンや、
警察オフィスのワカースに、NOCを取得できなかったことを、報告にゆく。



二人とも、
行かせてあげられなくてごめんね、
次に来た時は、必ず行かせてあげるからね、
と。




しょんぼりと肩を落としていた私。





そんな様子を見かねたファルハンが、
「今日はこれからチトラールの小さな村を案内してあげる」
と、今まで行ったことのなかった外れにある村まで連れて行ってくれた。
ファルハンの家のある地区も散歩して、
家族や、親戚を紹介してくれた。
急な訪問にもかかわらず、
みんなチャイやドライフルーツ、パンなどで歓迎してくれる。




夕方には、ワカースが自宅に招いてくれた。
さまざまな果実の成った気持ちの良い庭でチャイやパンをいただく。
ワカースのお兄さんのお嫁さんが、
手作りの素敵な刺繍布をプレゼントしてくれた。



そのままワカースの親戚の家に移動すると、
私が来ることを聞いた家族が、すでに集まってご飯の用意をしていた。
私も、チャパティ作りのお手伝い。
薄く丸く伸ばすのが、なかなか難しい。




「チトラールのスペシャルフードだよ。
君のために特別に用意したんだよ。」

と豪華に振る舞われたお料理をお腹いっぱいいただいた。
その後、男性陣による、チトラールダンスの披露も。





護衛警察の規則もあり、自由に地元の人とふれあうことが難しいチトラール。
けれどこの日は警察オフィスのワカースの計らいで、
普段なかなか話す機会のないチトラールの女性や、
子どもたちともたくさん交流できてとても嬉しかった。





みんなの気持ちが嬉しくて、
ボロギールのことも、なんだかどうでもよくなった。




悲しい日が、みんなのおかげで幸せな日に変わる。







ボロギール。
行けるに越したことはなかったけれど、
行けなかったのにも何か理由があるはず。



トライしてみてダメだったのだから、
後悔はない。





本当に行くべき場所ならば、
いつか、一番良いタイミングで、
きっと行くことができると思う。







いつだって、
神様の御心のまま、、、










2018年10月 旅の記録より



***

【ボロギールに行きたい人へ】


ボロギールは、夏の間であればNOCを取得できる可能性が高いようです。

8月中旬〜後半にボロギールフェスティバルというものがあるので、
その時期であれば、外国人でもボロギールに行きやすいと思われます。



↓ワハーン回廊に関して書かれている書籍
禁断のアフガーニスターン・パミール紀行―ワハーン回廊の山・湖・人







ボロギールに住む、ワヒ族の家族。- Trophy Expeditionsより引用