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2019年10月7日月曜日

髭面の男たちが道ゆく辺境の町【パキスタン・ディール】



多彩なネオンが煌々と光る夜のラホール。
長距離バススタンドを出発し、次に目指すは辺境の町ディール。


ラホールからディールへのバスの移動時間は12時間ほどと聞いていた。
この国を旅する上で、12時間のバス移動というのは、
感覚としてはもはや軽い方の部類に入りつつある。
それが、震度5ほどの揺れを常に体全体に感じているような、
でこぼこ道をひた走るというただならぬバス旅であったとしても。


揺りかごにゆられて眠る赤ん坊の感覚とはこういうものなのだろうか。
酔い止めの副作用による効果も相まってかむしろ心地よく爆睡できる。


初めて訪れる国や慣れない場所ならばそんな気の抜けた態度でいるわけにもいかないが、
ここは私にとって第二の故郷と言っても過言ではない、パキスタン。
どこへ行っても旅人に親切にしてくれるパキスタンの人々に対する信頼感、
そしてとりわけこの地域一帯では正義感に溢れた敬虔なムスリムに見守られているという安心感に包まれている。
緊張感も何もない。寝て起きたらいつの間にかディールに到着していた。
体感移動時間わずか2時間ほど。
すでに全員下車が済んだ後で、バスの運転手に起こされてようやく
目的地ディールに到着したことを知った。
そういえば、南からチトラールへ向けて同様の道を北上するときと言えば、
数多くの検問所でチェックが入るのでその度に叩き起こされるのが常だったが、
今回はそれが全くなかった。いつもよりはVIP風のバス会社を使ったからだろうか。





ディールに到着したのは日が昇るよりも少し前だった。
バスから降りると冷たい空気が肺に染み渡る。吐く息が白い。





ディールに到着して間も無く、誰かが連絡してくれたようで警察がやって来た。
なぜこんなところに一人で来たのか?どこへ行くつもりなのかを聞かれる。
可能ならここで一泊していくのも悪くない、と思ったのだがそれは却下されてしまう。
「ここは危険だから、早くチトラールへ行きなさい」


しかしチトラールへ行く乗り合いバンは、人数が集まらないと出発しない。
貸切タクシーですぐに出発することも出来たのだが、
ディールに少しでも長く滞在したいという想いもあった。
金がないことを理由にタクシーで行くのを渋っていると
「金がないなら俺が払う」と、周りにいる人たちが助けてくれようとしている。


優しい言葉に感激しつつも、やんわりと断り続け、
メンバーが集まるまでの時間、ディールに滞在させてもらうこととなった。







近くの茶屋へ連れていかれ、そこでチャイと朝食をご馳走になる(払おうと試みるも、無料)
まだ外は暗いので、夜が明けるまでここで待つことにする。



ここでは英語はほとんど通じなかった。
しかし、英語が通じないというのはある意味楽である。
弱小ウルドゥー語でもなんとか必要最低限言いたいことは伝えることができるし
余計なことを話さなくて済むので神経を使わなくていい。



言葉はあまり通じないが、
言葉以外のコミュニケーション手段を駆使してかかわる中で自然と笑いが起きる。
そうこうしている間に不思議と心を通わせることもできたりする。








朝方になり、世界が明るくなり始めると、散策を始める。

ここではなんと私一人に対して警察2人体制だ。



カラシニコフを肩から下げた警察2名に護衛(監視?)してもらいつつ街を少しだけ歩いて回る。




切り立った山の谷間に細長く広がるディールの街。
山にへばりつくように古びた建物が立ち並ぶ。
中央のバザールは早朝にもかかわらず活気がある。
皆お祈りのために夜明け前に起きるのだろう。
イスラームの色濃い地域では朝が早い。





実はここアッパーディール、悪名高い地域としても知られており、
ひと昔前はタリバンの温床になっていたとも言われているらしい。


2011年には山に潜んでいたタリバンが警察のチェックポストを襲撃し
多くの警察官が殺される事件も起きている。


危ないから早くチトラールへ行くようにと言われたり、
護衛が2人もつくというのはそう言った治安事情が関係しているのだろう。


しかしそんなことは御構いなしに、呑気な私はバザールを歩き周り人々の観察にいそしむ。


ディールはこれまでもチトラールへ向かう途中にバスで素通りしたことはあった。
バスの車窓から見えたその独特の雰囲気に魅力を感じ、
いつかゆっくり滞在して見たいと思っていた場所だった。



基本的に北西部というのはパキスタンの中でも特に保守的であり、男社会である。
さらにその中でも山岳地帯の辺境に位置するディール。
ぺシャワールやスワート、チトラールなどの都市ともまた違う重厚な雰囲気を醸し出している。
伝統的な部族社会であり、イスラームの戒律や部族の掟を重んじるパシュトゥーン人の世界。







伝統の帽子を頭に乗せ、立派な髭を蓄え、
土色の大きなウールのマントを体にまとった、部族感たっぷりの渋い男性たちが屯している。
その姿になんとも言えない魅力を感じる。やたらと男前に見える。
ちなみに女性はほとんど歩いていないが、
たまに見かけるのはブルカという体全体が隠れるマントを着て夫と思しき男性の後ろを歩いている姿くらいだ。




彼らは見ず知らずの女性と意図的に目を合わせようとしないのだが
何かを尋ねたりすると、とても優しく応えてくれる。
コワモテだけど非常にあたたかく、実際にかかわってみると怖いことは何もない。
それどころかイスラームや部族の掟に生きる彼らは案外世話好き。
仁義を重んじ人情にも厚く、人間としての魅力もたっぷりだ。




写真を撮ってもいいかな?とカメラを構えつつアイコンタクトをこちらからとると
ふっと力の抜けた柔らかな笑みで返してくれたりする。




チョブリカバブの仕込み中の店員。
スパイスの効いたハンバーグのような食べ物で、このあたりの地域でよく見られる。
右側に写っているような大きな鉄板の上にひかれた真っ黒な油の中で揚げられる。
油が黒いので出来上がりは焦がして大失敗したハンバーグのような見た目だが、
これが食べてみるととても美味しい。





見事に陳列された色彩豊かな野菜を目の前に、
「フーブスーラトヘ〜イ(美し〜い!)」と思わず歓声をあげていると、
店番をしている男性もつられて微笑んでくれた。





路上のケバブ屋。
立派なレストランで食べるよりも、案外こういうところの方が美味しかったりする。
量も少なくちょうど良い。もちろん当たり外れはあるが・・・





道の隅で何やら大きなすり鉢で何かを捏ねているこちらの男性は、
私が興味津々に見ていると、張り切って捏ねるスピードを加速させてくれた。
ちなみにこのすり鉢の中身と向かって右側に積み重ねられている焦げ茶色をしたモノの正体は、
ハシシと呼ばれる大麻製品。
このあたりの地域ではあらゆる場所に大麻が生い茂っており
タバコを吸う人が少ない代わりにこのハシシを愛用する人が多いのだとか。
粘土のように固められたハシシをひとつかみとって
歯茎のあたりにくっつけることで味わうらしい。
ペシャワールに滞在していたとき、親切にしてくれたホテルのマネージャーに
「ストレス解消にいいんだ。すっきりするよ。君もどうだい?」
と言われたことがある。お断りさせてもらったが。




この町では、子どもたちも逞しく大人の手伝いをしている。
小さな飲食店で店番をしていた男の子、カメラを構えるとこのポーズ。
おそらく小学生くらいだと思われるが、その若さを感じさせない精悍な顔つき。





こんなところでも小さな男の子は商売のお手伝い。





小学生高学年くらいの兄と、低学年くらいの弟くん。
その表情たるやもう、大人顔負け。
キリッと整った顔立ちに落ち着いた佇まい。思わずキュンときてしまう。






数時間の街歩きを満喫しているうちに無事にバンの乗り合いメンバーが揃い
次なる目的地チトラールへと向けて出発した。











北西辺境地帯はアフガニスタン紛争以来治安が悪化、訪れる旅人は激減。
インターネットが普及さてた現在になっても全く情報が拡散されていない、未知の領域だ。
けれど観光客が立ち入っていないからこそ守り抜かれている伝統文化、
未だ外部から発見されていない魅力がぎっしりと詰まった地域とも言える。


そうした地域をガイドブックなしに自分の足で歩くというのは、
まさに宝探しをしているような感覚に近く、この上なく刺激的だ。
見るもの全てが新鮮で、新たな発見と驚きに満ち溢れている。



パキスタンのこうした辺境地帯にはきっと、
まだまだ知られざる魅力を秘めた町や村が至る所に存在しているはずだ。




そうした地域を発見し、得た宝のありかに関する情報を、
密かに、必要な人にしっかりと届くことを願い、
この小さな私のアジトに残して行ければ、とおもっている。







2018年11月 訪





***



ラホールからディールへ

Lari Addaという長距離バス発着所(circular road沿い)から夜7時発
綺麗な大型のバスで 料金1200Rs



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