「アフガニ料理はうまいぞ」
それは、パキスタンを旅するあいだ、
幾度となく耳にした言葉だった。
パキスタン人、パキスタンの西方を旅してきた欧米人たち、
そしてパキスタンに暮らすアフガニスタン人は誇らしげに言う。
「アフガニ料理は世界一だ」
食の嗜好は人それぞれであるから、
何料理が一番と感じるかは人によって違うものだけれど、
今のところ、アフガニ料理は私の世界の中でも一番。
とても洗練されていると思う。
アフガン料理と一言でいうけれど、その中身はじつに多様。
そもそも元は「アフガン」というのは、
ペルシャ語(ダリ語)による「パシュトゥーン民族」の他称。
20世紀初めまではパシュトゥーン民族のみを指していて、
現在のアフガニスタン地域に暮らしていた様々な民族は、
タジク、ウズベク、ハザラ、トルクメンなど、
それぞれの民族名で呼ばれていた。
それが国家形成の過程で、アフガニスタンの土地に暮らす
すべての国民をさす言葉として使われるようになっていった。
今のアフガニスタンは多民族国家であり、
それぞれの民族が伝統の文化と味を持っている。
そんなアフガニスタンで、現在最大の人口を持つのが、
カンダハールやジャララバードを中心とした、
南東部地域などに暮らすパシュトゥーン民族である。
このパシュトゥーン民族は、
アフガニスタン国内で800万人、
そしてお隣パキスタン北西部を中心に600万人が居住している。
パキスタン北西部地域の中でも、州都であり、
アフガニスタン国境に近いペシャーワルの街は、
パシュトゥーン人(アフガン人)が多く暮らす土地であり、
紛争でアフガンから逃れてきた人々も多く、
アフガニスタン側と同様の文化が根付いている社会。
そういったことから、ペシャーワルの料理は、
言い換えればアフガンの料理であり、
ぺシャーワルという街は、パキスタンにいながら、
アフガニスタン本場と変わらない味の料理が堪能できる
貴重な場所と言える。
以下、
ペシャーワルで食べた美味しいものをたっぷり載せていく。
中毒性のあるその味に思いを馳せながら。
まず、主食はナン(チャパティ)。
パキスタン国内でも、地域によって、ナンの種類は色々。
ペシャーワルのそれは、こんがりとした焼き加減が絶妙で、
パリっとしていて噛み応えのある食感や、
雫型をした大きなサイズのものが多いのが特徴。
ナンは、タンドール(石窯)の内側に、
小麦粉を伸ばした生地をパンッ、パンッ、と貼り付けて焼く。
丁度良い焼き加減になったところで長い鉄棒を突き刺して
目にも留まらぬ速さで外へ取り出す。
職人のこなれた見事な手さばきに、目をみはる。
地元では名のとおった、
立派な構えの飲食店が連なる通りを歩いていると、
香ばしいかほりを漂わせた、
路上のカバブ屋の前に行き着いた。
ピリ辛のスパイスと塩を効かせた、ビーフのカバブだった。
すでに食事を済ませたあとで、お腹ははち切れそうなのに、
美味しそうなカバブを前にして見過ごすこともできず、
「少しだけください」と店主にいうと、
ナンをお皿のようにして、たっぷりとカバブを乗せて手渡してくれた。
熱々のカバブを口に入れ、
やけどしそうになりながら頂いたそれは、
あんまり美味しくて、それに、
なぜだかわからないけど、どこか懐かしかった。
お金を払おうとするけれど、
店主は頑なにそれを拒み続ける。
“あなたは私たちのゲストだ。
旅行者から、お金はもらわない”
私の立ち寄った、多くの路上屋台の店主が、
みんなそうだったように。
いろんな土地で、路上の食べ歩きをしてきて思うのだけど、
闇雲に外国人向けのこぎれいなレストランへ入るよりも、
常日頃からその土地の人間に味を監視され続けている、
庶民に親しまれるチャイハナや路上の屋台の方が、
あんがい料理の質は高く保たれているように感じられる。
そうは云っても、ここペシャーワルには、
三つ星レストランチックな、地元民にも有名な食堂がある。
ナマックマンディと呼ばれる、有名飲食店が軒を連ねる通り。
店の名前は「チャルシー」
中へ入ると、肉を捌く男衆がいる。
隣のキッチンで、捌かれた肉が調理されている。
この店のオーナーと、過去に店を訪れた著名人の写真の数々。
建物の一階を抜けると、奥は中庭になっていて、
茶を啜り、料理が運ばれてくるのを、
アフガン式の椅子に腰掛けた男たちが待っていた。
ここで食べたかったのだけど、
「女性は上だよ」と、建物の2階の部屋へ案内される。
ちなみに、「ペシャーワルのイケメン特集」で登場した
絶世の美男子ジェミーに会ったのは、この店内だった。
この店の名物は、羊肉のカバブとカラヒィらしいが、
羊肉に苦手意識が強いので、鶏肉のカラヒィを注文した。
ちなみにカラヒィというのは把手のないフライパン状の浅い鉄鍋のこと。
この鉄鍋で肉や野菜を炒める料理もカラヒィというようだ。
ペシャーワルではどこでもそうだったように、
メインディッシュを注文すると、
自動的にナンや野菜、ヨーグルトがセットになって出てきた。
値段は確か、500ルピーくらいはしたと思う。
普段ペシャーワルで食べていたものの数倍もする金額に、驚いてしまった。
パキスタンじゅう、どこへいっても、
訪れる場所ばしょで、チャイをご馳走になる。
たっぷりと甘い、香辛料のよく効いたミルクティー。
インドあたりでよくある飲み物だ。
ペシャーワルでも、もちろんこの種のチャイが飲めるけれど、
どちらかというと、「カワ」という緑茶のチャイのほうが人気。
(ちなみにチトラールでも、カワの方がよく人々の暮らしに溶け込んでいた。)
町じゅうあちこちに、チャイハナ(チャイが飲める喫茶店)があり、
アルコールの代わりに、人びとはこのチャイを片手に、
語らい、心をやすめる。
アルコールで泥酔し、収拾のつかなくなった光景とか、
わたしの国ではそんなものは見飽きるほどあるけど、
お酒の席というものは昔から好きじゃなかった。
心の置きどころがわからなくなるというか、とにかく落ち着かない。
その場の空気に溶け込みたくて、もっと若い頃は、
無理にでもたくさん飲もうとしたこともあったけれど、
そうしたところで、べつだん、何も変わらなかった。
でも、チャイをすする人々の後ろ姿は、
いつだって穏やかだから、安心してそこに座っていられる。
緑茶の茶葉をポットに入れて、
潰したカルダモンの実を加えて湯を沸かす。
そうしてそのなかに、砂糖をたっぷりと。
そう、カワは、甘ったるさが特徴的な緑茶なのだ。
緑茶に砂糖を入れるなどという発想は、それまでなかった。
見た目とはずいぶんギャップのあるその独特の味に、
初めはカルチャーショックを受けるのだけど、
不思議なことに、これはとてもやみつきになる味なのだ。
カルダモンの特徴のある香りに、やがて中毒性が生じる。
おおくの旅人が、カワに魅せられていたとおもう。
カワにもちいる茶葉やカルダモンを売っていた屋台。
わたしも、日本でおんなじ味が楽しめるように、
たっぷりと買わせてもらうことにした。
泊まっていた宿のすぐそば、
車やリクシャー、人々が行き交う大通りの路肩、
正午ちかくになるとひょっこり現れる、移動式のサラダ屋台。
カチャールゥという、ペシャーワル風の、
ピリッと辛くて甘酸っぱい、サラダ。
右に写っているのはピリ辛に味付けされた、
里芋、きゅうり、人参。
左にあるのは、にんにくのよく効いた、
ルビヤ豆とスイートチリのようなドレッシング。
真ん中上は、チャトニーという、コリアンダーや辛いスパイス、
そしてヨーグルトがミキサーされたドレッシング。
そして真ん中下の、フレッシュ生野菜。
全部ミックスして、盛り付けたら出来上がり。
酸っぱくて、塩っぱくて、辛いものが好きなので、
(どおりで胃が悪くなるわけである)
とても好みなサラダだった。
涙が出てくるほど辛いのだけど、
これがほんとうに美味しかった。
キールという、ココナッツの風味と食感が美味しいスイーツ。
ドライフルーツや、ざくろの実がたっぷり乗せられている。
これもまた、シンプルなのだけどクセになる。
フレッシュ果物のジュース屋さん。
この季節は、ザクロがいい。
白ひげおじさんの、カレー屋さん。
泊まっていた宿の、すぐ向かいにあった。
定番の、サブジ(野菜)カレーを注文。
頼まないかぎりスプーンはついてこないので、
ナンをすこしずつちぎって、
スプーンのように丸みを作り、
サブジをすくいあげるようにして、食べる。
うまくいかなくて、いつも手がぎとぎとになるけれど。
スプーンを使って食べるよりも、こっちのほうが好き。
ペシャーワルに美味しいものは溢れているけれど、
私の中のナンバーワンは、やっぱりシャームさんの店。
鉄鍋にたっぷりの油を注ぎ、牛肉とトマトとチリを入れ、
燃えるほどの強火で炒め、スパイスと塩で味付け。
牛肉キーマのトマト煮込み。
コリアンダーが大好きだから、たくさんにして!
とリクエストしたら、下の肉が埋まるほどたっぷり盛り付けてくれた。
この料理がほんとうに絶品で、今でも忘れられない。
ちなみにこれ、食べ途中。(最初に写真撮るの忘れた)
*
ペシャーワルといえば、
思い浮かべるのは、陽気な人々に、バザールに、食。
今の仕事は、年に一度きり、
連続1週間の休みを取るのが精一杯。
一週間で、パキスタンはなぁ・・
あの国は、時間がないと味わい尽くせないきがする。
でも、それでも、ペシャーワルなら。
イスラマバードからバスで2-3時間で行ける、ペシャーワルなら。
おいしいものを食べに、ふらっと出かけるのも、悪くない。
***
番外編
パキスタンの首都イスラマバード。
F7エリアの中心部にも、アフガン料理屋があり、
割と値が張るから貧乏旅行者の私には少々きついと感じられたけど、
手軽にアフガン料理が食べれる場所として人気があるらしかった。
日本にいながらペシャーワルの味に触れるには
東中野のキャラバンサライ・パオがいい。
じっさいにペシャーワルやカーブルなどをを歩き回り、
その土地の味を知っているスタッフがやっている店で、
本場のような深みのある味に、
日本風のアレンジも加えられていて最高に美味しい。
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