2018-09-01

シャホリの仏教遺跡とスワートの人々【パキスタン】



スワートは、アフガニスタンとパキスタンに跨って暮らす民族、パシュトゥン人が多い地域。
パシュトゥン人は、パキスタンの中でも特に保守的で、厳格なイスラム教徒として知られています。

現在のスワートは例外なくイスラム教一色に塗りつぶされた地域ですが、スワートにイスラムが入ってくるよりずっと前、もともとここは仏教が花開いた土地でもありました。
そのためスワートには、今もあちこちに仏教遺跡が残されています。

今では敬虔なイスラム教徒として生きるスワートの住民ですが、数千年も前からそこにあり続けてきた仏教文化の名残やその遺跡群は、自分たちのルーツであり、愛する故郷が歩んできた歴史の一部として、大切にしていたものでした。
ですが、2007年にスワートにやって来たタリバンによって、仏教遺跡を次々と爆弾や斧で破壊されてしまいました。タリバンは、厳格なイスラム原理主義を掲げ、「彫像や絵画はイスラム教に反する罪深いもので、許されない」と主張したのです。


ですが、そんなスワートにありながら、奇跡的に全く無傷で存在している仏教遺跡がありました。
今日は、奇跡の仏教遺跡、シャホリーの磨崖仏を訪ねた時のことを描きたいと思います。





女の一人歩きが難しいスワート。


この日もひどい暑さの中、窓から入ってくる温風を顔に浴びながら、車を走らせる。目指すはシャホリーという小さな村。

お金を節約したいので本当はひとりでローカルバスに乗って行きたかったけど、泊まっていた宿のオーナーは賛成ではなかった。
「男だったらいいけど、君は女性だからね。ひとりで郊外を歩き回るのはこの地域では好ましくない。それにシャホリーの遺跡は場所もわかりづらいし迷ってしまうかも。もし君に何かあったら君の家族が悲しむだけでなく、私も、このホテルも、ひいてはスワート、そしてパキスタンの将来にも再び暗い影を落とすことになる。だからひとりで行かないでほしい。」と、そう言われた。
「ここは危険なの?まだタリバンやテロリストがいるってこと?」と聞いてみるが、そうではない。
ホテルのオーナーも含めてスワートの人々はみな「今のスワートは安全だ」と言う。
実際、タリバンが去った今のスワートには、平和が戻ってきている。
スワートのあちこちでチェックポストが設けられていて、再びタリバンが戻ってこないように万全の警備体制も敷かれている。
けれどここは、イスラムの中でも保守的な考え方をする人の多いパシュトゥン族の土地であることに変わりはないのだ。
街の中を歩いているのはほとんどが男性で、ひとりで歩き回っている女性はほとんど見かけない。
いたとしても、みんなブルカをかぶって体全体、目さえも外からは見えないようにしている(子どもは除く)。
今となっては観光客が少なくなってしまったスワートで、外国人の女がひとりで歩いているということがどれだけ珍しく、現地の人にとってどれだけ奇妙なことかは容易に想像ができる。
宿から一歩外に出ると、方々からものすごい視線を感じる。
私はそのことは怖いとは思っていなかったけど、そんなに居心地が良いものでもなかった。
だから、宿のオーナーが言うとおり、ガイドにお願いするのがベストだろうと考えた。


そう言うわけで、宿のオーナーが信頼できる友人のガイドを紹介してくれ、彼とシャホリーへ向かうこととなったのだった。


生き残った仏教遺跡、シャホリーの磨崖仏。


ミンゴーラから10kmほど北上し、シャホリーへ。
砂埃の舞う細い道路脇に車を止め、そこからは歩いて畑の間を縫うようにして農道をひたすら進んでゆく。
ここでひとつ発覚したことが。なんとガイドはシャホリーの遺跡まで行ったことがないらしかった。
「ガイドの意味ないよー。これじゃ一人で来ても同じだよ〜。」と心の中で思いつつ、けっきょく畑で農作業をしていた村人に道を教えてもらいながら共に遺跡に向かう。
小麦や花をつけたネギのような作物の畑の景色が広がる、至って平和な場所だった。



目指す仏陀の石像は小高い丘の上にあり、遠くからでも見えるために方角を失うことはないけれど、不規則に配置された畑の間のあぜ道を進むので、一本道ではないのですぐ道に迷ってしまう。
案の定、道なき草むらを抜け、岩場を登り・・酷暑の中をあちこち歩き回ることに。
ガイドに任せずに最初にあった村人に案内してもらうべきだった、とちょっぴり後悔。
でも道に迷っているのになぜかハイテンションで常に陽気でポジティブなガイドを見てると、なんだか笑えてきた。ちょっとお茶目で憎めない人物だった。



途中で一軒だけ民家があったので、そこで子どもたちにお願いして遺跡まで案内してもらうことに。





子どもたちの後ろについて、全身汗だくになりながら息を切らせてようやくたどり着いた仏陀の石像。





シャホリーの磨崖仏。
数千年の間、スワートの地を小高い丘から見つめ続けて来た仏陀の像。
柔和な微笑みを浮かべたような表情で座っている仏陀。長いことスワートをここから見守り続けてきたんだな・・・。

スワートという地にありながら、ほとんど完全な姿をとどめているこの仏像には驚いた。

ミンゴーラにいる間、他にもブトカラという遺跡を訪ねたけれど、ここでは仏陀の彫刻の部分は頭が削り取られていたり、人や動物の顔かたちをかたどったものはみな、ことごとく破壊されているのが普通だった。




ブトカラの遺跡。



頭の部分が切り取られている。



こんなふうに。




おそらくシャホリーの磨崖仏は山奥にあり、徒歩でしか辿りつくことができないので、奇跡的にタリバンに見つからずに済んだのだと思う。




この小高い丘から見た村の景色がこちら。

緑に溢れた、平和でのどかな村だ。




仏陀のところまで案内してくれた、青い瞳を持った美少女、マルワ。
美しすぎて、ガイドと共に一目惚れ。
大人になったらどんな美女になるのだろう。


濃厚な歓迎と、パシュトゥン人のこと。



シャホリーの遺跡から歩いてきた道を戻る途中、帰り道がよくわからなくなり再び迷子に。
ガイドが川でピクニックを楽しんでいる男たちに道を聞きにいく。
するとその内の一人がかなり堪能な英語で私に話しかけてくれたので驚いていると、どうやら彼は地元で中学校の英語の先生をしているらしかった。以前はガイドの仕事もしていたことがあるらしく、遺跡についても詳しかった。スワートに入ってこんなにも英語を話せる人に会ったのは彼が初めてだったので驚いたけど、英語の先生と言うことなら納得。

彼の名前はGohar。goharは「この村もスワートも今はとっても平和だよ。君が一人でいたとしても、傷つけようとする人なんて誰もいないよ。みんなが君のことを暖かく歓迎してくれるよ。」そう言っていた。
翌日カラームにいく予定だと話すと、なんと自らガイドを名乗り出てくれた。
学校はいいの?と聞くと、事情を話せば校長先生もokしてくれるはず!と。
ありがたい申し出だったけど、さすがに申し訳無かったので、気持ちだけ受け取って丁重にお断りした。

彼らは休日で、朝から釣りやピクニックを楽しんでいたらしく、私が通りかかったときはちょうど、お昼ご飯を準備している真っ最中だった。塩でシンプルに味付けされた採りたての焼き魚と、トマト・玉ねぎ・ニンニクの野菜の素材の味が生きたチキンカレーとナンをいただいた。マイルドな味付けでお味は絶品でした。
木陰でみんなで美味しくご飯をいただいた後は、写真撮影会へ。笑
去年のペシャワールを思い出す。足を止めると人だかりができて、まるで有名人にでもなったかのような錯覚におちいるあの時の感じ。次々と「写真取ってくれ」とのお声がかかる。

このあとミンゴーラに帰ってからもガイドが自分の家に招待してくれて、奥さんや子供、親戚たちを紹介してくれた。チャイやお菓子もご馳走になったりと、この日も出会いに恵まれた幸せな一日となった。







私のことを暖かく迎え入れてくれた彼らもまた、パシュトゥン人だ。
いろんな地域を旅していて感じるけれど、パシュトゥン人は、他の人たちからは基本的に、あまりよく思われていないように思う。
その理由の一つには、パキスタンやアフガニスタンにいる過激派組織タリバンなどの多くがパシュトゥン人である、という事実にあると思う。
タリバンの影響で、「パシュトゥン人は戦いを好む野蛮や民族だ」と言うイメージが強かったり、パシュトゥン人がみんなテロリストであるかのように話す人も少なくない。

誇り高きパシュトゥン人。何事をも恐れない勇気を持ち、いつだって自分たちの土地を守るために戦いを捨てずに生きてきた民族。だけど同時に、平和と人道と同胞愛を重んじ、素晴らしいおもてなしの精神を持った人々でもある。
これまでパキスタンのいろんな地域で、いろんな民族の人々と会ってきたけれど、彼らほど無条件に、熱く濃いおもてなしをしてくれた人々はいなかったように思う。
パシュトゥン人ほど陽気で好奇心旺盛で、人懐っこくてフレンドリーな民族もいなかった。
昨年滞在したペシャワールでも、ここスワートでも、私が会ったパシュトゥン人は、素晴らしい人ばかりだった。



だから、私はパシュトゥン人が大好き。



きっと、一歩を踏み出してこの地域を訪れていなかったら、他の人たちの話すパシュトゥン人のイメージに頭の中を支配されて、彼らの真実の姿を知ることもできていなかっただろう。


やっぱり、百聞は一見に如かずだなぁ、と思う。




私はパキスタンの人々の真実の姿を、ちゃんと自分のフィルターを通して、この目で見て感じて、そして伝えて行きたい。




2018年5月 日記より

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