2018-06-14

「なくなりそうな世界のことば / 吉岡乾 著」本の紹介と、パキスタンの言語のこと。


今回のパキスタン(フンザ)滞在中になんと、
フンザの現地語であるブルシャスキー語・パキスタンの国語であるウルドゥー語をマスターし、
ローカルと現地語で会話をしている日本人にお会いすることができました。

以前よりフンザの友人たちから
「ウルドゥーとブルシャスキーを話せる“ノボルさん”っていう日本人がいるんだよー」
「毎年フンザに来ているよ」という話を聞いていたので、
“いつかお会いしてみたい・・・”と思っていました。
今回、幸運にもたまたま同じ宿で滞在がかぶり、
パキスタンの、そして世界の少数言語の貴重なお話を直接お聞きすることができたのでした。

今日紹介するのは、私がフンザでお会いした、言語学者であるノボルさんの著書になります。
本の内容や、実際にことばのお話をお聞きして感じたことなど、
一緒にお伝えできればと思います。





「なくなりそうな世界のことば」 吉岡乾(著)
  • 単行本: 112ページ
  • 出版社: 創元社 (2017/8/22)
  • 発売日: 2017/8/22


*まえがきより
世界で話されていることばは、およそ7,000ほどもあります。
皆さんはどれだけのことばを知っているでしょうか。
「大きな」ことばも「小さな」ことばもありますが、
優れたことばと劣ったことばがあるわけではありません。
ことばとは、それぞれが、
世界を見わたすための独特な窓のようなものです。
どれ一つとして同じ窓はなく、
どれもが世界のすべてを見わたせるという意味で、
等しい価値を持っています。(中略)
今回、そんな「小さな」ことばの専門家たちに、
思い思いの視点で「そのことばらしい」単語を選んでもらい、一冊にまとめました。
1ページ、また1ページとめくるたび、
考えたこともないような遠いどこかで、
聞いたこともないような名前のことばが話されていることに、
どうか思いを馳せてみてください。
そして、本書に収められたことばから、どんな人たちが、
どんな生活の中で、どういう発想のもとでそのことばを話しているのか、
想像してみても良いかもしれませんね。

世界におおよそ7000あることばの中には、
中国語や英語など、多くの人との間で使える「大きな」ことばもあれば、
一部の地域のみで話されていたり、話者が100人にも満たないような「小さな」ことばもある。
「大きな」ことばを覚えれば、それだけ世界中の多くの人々と意思疎通できるのでとっても魅力的。
それに対して「小さな」ことばは話者こそは少ないけれど、
文化的価値は等しく高いものなのだと本書の中で述べられています。
しかし、そういった「小さな」ことばは少しずつ
世界から消えつつあるのだそうです・・・

「小さな」ことばは、地域の小さなコミュニティー(社会)の骨格であり、
その社会の文化や歴史、民族をも象徴する、
地域に根付いた文化を表現する顔のようなものでもあると思います。
そのためその言葉がなくなるということは、話者自体、
そして古くから続いてきた独自の文化そのものも消えてしまうことを意味するのだと思います。
そしてそんなことばは、世界のほんの片隅の山奥や島国など、外からの影響を受けづらく、
古くから自分たち自身の生活スタイルを続けてこれた場所、
外部の者が辿り着くには困難な“秘境”や“辺境”で出会うことが多いのではないでしょうか。
そういった人々と常に共にあった言語というものは、
その民族自身を表す鏡のようなものだと思うし、
彼らがどこからきた人々なのか、どんな暮らしをしてきたのか、
そういったことを知る大きな手がかりになるものだとも思います。

この本では、見開きで左頁にそれぞれの少数言語からの一語と日本語での意味、可愛らしいイラストが、
右頁にその言葉を説明したセンスのいい文章と、言語そのものの情報(地域・話者・文法・発音など)が並びます。
例えば、こんなことば。
・オンデョカ / バスク語
 キノコを採りながら
・ラシカルガイプ / コワール語
 一過性の妖精の大群
・スカーマ / サーミ語
 太陽の出ない季節
・イヨマンテ / アイヌ語
 熊祭り、熊送り儀礼


ちなみにこの本ではもちろん、パキスタンのことばもいくつか紹介されています!
著者の吉岡乾さんは、北パキスタン諸言語の研究者ですしね。
パキスタンは多言語社会で、67もの言語があると言われているようです。
街、村を移動してゆくごとに、言葉が変わる。
そんな多言語社会に生きる人をつなぐ言葉が、国語のウルドゥー語です。
ウルドゥー語はパキスタン人ならほとんどの人が話しますが、日常で用いているのは人口の10%にも満たないようです。
各地域、街、村ごとに、様々な言語が話されているのがパキスタンです。
そのため、パキスタンを旅している中で言語を学ぶのは非常に難しいのです。
余談になりました(笑)

さて、この本で紹介されているパキスタンの言語は
・北部のギルギット市やチラース市、アストール谷を中心に、シン(あるいはシェン)と呼ばれる民族などによって話されているシナー語
・北西部の都市チトラールのコワール語
・北東部のフンザ谷、ナゲル谷という向かい合った谷と、少し離れたヤスィン谷という3つの地域を中心に話されているブルシャスキー語
・アフガニスタン北東部で東西に伸びるワハーン回廊やパミール高原、タジキスタンのゴルノ・バダフシャン自治州、パキスタンのゴジャール(上フンザ)谷やヤルクン谷、新疆ウイグル自治区サリコル地域にまたがって暮らす「ワヒ族」の言葉、ワヒー語
・北西部のルンブール、ブンブレット、ビリールという3つの谷に暮らす「カラーシャ族」の言葉、カラーシャ語
・フンザ谷モナミバード村と、ナゲル谷ベディシャル集落にわずかに残る言語、ドマーキ語

の6言語。
同じ国、しかもどれもパキスタンの北部地域で話されていることばですが、
各々のことばは方言や訛りといったような違いではなく
もう、普通に聞いていたら “全く異なったことば” に聞こえるようなものなのです。
(語族や語派という点では共通するものもあるようです)

私自身、これらの6言語が話されている地域は全て訪問したことがありますが
ここで紹介されているどの単語も、
思えば本当にその地域にぴったり合う、その地域を象徴するようなことばで、
可愛らしいイラストや優しい文章と合わせて、
実際に見た景色が頭の中に再び広がってゆき、なんだか温かな気持ちにさせてもらいました。
それと同時に、「この言葉は実際どんなタイミングで使うのだろう」
と、実際に現地に行って尋ねてみたいな、とも思ったのでした。





世界にはこんなにもたくさんの言語があり、
たくさんの民族が独自の暮らしをしているということ。
でも、そうした少数の言語や文化は失われつつあるということ。
そういった「小さな」ことばがあることをまずは知って、心の片隅にでも止めておく。
遠い異国のそのまた奥地の想像もしないような暮らしをする人々に思いを馳せる。
マイノリティである言葉を、文化を、そして人々を想う。
それだけでも、新たな気づきや発見があるかもしれません。


絵本なので気軽に読めて、何だかほのぼのと温かい気持ちにさせてもらえる優しい本です。
そして、子どもから大人まで、誰もがそれぞれの感性で楽しめる本だと思います。




全ての人に読んでもらいたい、おすすめの本です!






<参考文献>
『パキスタンを知るための60章』 / 広瀬崇子、山根聡、小田尚也(編著) / 明石書店



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