次はもう、いつ来れるか分からないから。
生まれ育った故郷にかえってきた時のような、
懐かしさや安心感を不思議と感じてしまう、
チトラールで過ごす時間を、最後まで噛み締めていたかった。
おかえり。
部屋、とってあるから。
そう云って、日当たりの良いお気に入りの部屋の
鍵を渡してくれる、宿のスタッフ。
何週間かぶりに舞い戻ってきた私に、
まるで昨日の今日みたいに、自然に迎え入れてくれる、
アルファルークホテルの友人たち。
レセプションにいると、近所の人が入れ替わり訪れてくる。
わからなさ過ぎてほとんど暗号のようだけど不思議と耳に心地良い、
コワール語の会話を聞きながら、のんびりとそこで過ごす。
ご飯の時間になると、
ご飯だよ、と部屋まで声をかけにきてくれて、
いつものようにひとつのテーブルを囲んで、食べる。
メニューはいつも同じようなものだけれど、
ファルークのお母さんが作ってくれた料理は、
文字通りパキスタン風おふくろの味で、優しくて美味しい。
一週間、私はまたここに居させてもらうことにした。
そしてもう一度、マドサラを訪れたいと思っていた。
マドラサは、イスラームを学ぶための寺子屋のような場所。
パキスタン中、いやイスラーム世界、至る所に在る。
イスラームの心やイスラーム的生活にできるだけ触れて居たいし、
今のうちになるべく多くを学びたい。
パキスタンにいる間にできなくて、日本に帰ってから実践できるわけがない、
そう思って居たから。
今度は、宿から歩いて通える距離にあるマドラサを教えてもらい、
チトラールに滞在している間、毎日、通うことにした。
マドラサは、街の大通りから山へ向かう裏道へと入り、
民家や田畑を超えて不規則に並んだ石段を登った先にある。
途中、男の子のマドラサを通り過ぎる。
頭に礼拝帽を乗せ、その周りにターバンを巻くスタイルをした、
10代くらいの、爽やかな青少年たちが、出入りしていた。
そして、道を進んでいると何人かの村人とすれ違う。
すれ違うたびに挨拶をして、この子はムスリムになったんだよと、
まるで自分のことのように、嬉しそうに話しをしている護衛警察。
村人は皆「マーシャアッラー」と微笑みかけてくれる。
マドラサは看板も何もなく、知らなければ民家だと思い通りすぎてしまうような
ひっそりとした場所にこぢんまりとして在った。
30人ほどの女の子たちが共同生活を送っているよう。
下は小学校低学年から上は高校生くらいまで、年齢も出身地もみんなバラバラだった。
40代くらいの先生が一人いて、少女たちをまとめている。
チトラールの女性は、写真に抵抗があることはわかっていた。
不快な思いをさせたくなかったから、
マドラサにいる間にカメラを使ったのは、このときだけ。
「素敵な部屋だから撮らせてほしいのだけど」
と少し控えめに、一言断りを入れて撮らせてもらった、
マドラサの先生のお部屋兼、少女たちのくつろぎ部屋。
ベッドと、小さなコタツがある。
今暮らしている日本の私の部屋と、あまり変わらない。
チトラールにコタツがあったことには、少し驚き。
勉強の合間には、この部屋で、少女たちと一緒に過ごし、
ご飯をいただいたりも、した。
この他に、あと2つ同じくらいの大きさの部屋があって、
少女たちは肩を寄せ合って並び、ひたすらクルアーンの暗唱をしていた。
壁抜きの棚には、人数分の布団が仕舞われている。
ここでみんな一緒に食べて、寝て、クルアーンやイスラームを勉強する。
料理当番はローテーション制になっていて、大きい子が作る。
みんな、質素なご飯を、ものすごいスピードでたいらげる。
朝のお祈りの時間に起きて、夜眠りにつくのは10時くらいだと言っていた。
体を洗うのは週に一度、勉強がお休みになる金曜日の午前中、
服の洗濯もこの時にまとめてする。
お祈りの時間を呼びかけるアザーンが街に響き渡ると
みんなでウドゥ(お清め)をする水場に移動し、手や足などをきれいに洗う。
頭にかぶっているヒジャブを整えたら、一列に整列して、お祈り。
マドラサには、英語を話す子は一人もいない。
私のウルドゥー語とコワール語の語彙では、
イスラームのことを詳しく説明をしてもらうには限界があるものの、
お祈りの作法を確認してもらったり、
クルアーンの暗唱を聞いてもらい発音を習ったり、
ドゥアー(祈願)の方法を教えてもらったりした。
アラビア語の発音の難しさには、苦戦する。(クルアーンはアラビア語)
先生や少女たちに続いて繰り返し発音してみるのだけど、
何かが違っているらしく、なかなかクリアできない。
教えてもらったことを忘れないように、ノートにメモをする。
そのうち、効率が悪いのでスマホで音声録画を始める。
音声をとっておいたのは、正解だった。
帰国してからも、ふと思い出しては声を聴き、
その度に、なんだかほっと安心できるから。
いくつか、歌も歌ってくれた。
言葉の意味はわからないけど、
録音したその歌は、歌詞を暗記してしまうくらい、たくさん聴いた。
私たちと一緒に、ここに住んだらいいのに。
ホテルになんて帰らないで、ここで寝たらいいわ。
私たちは、姉妹だから。
そう言ってくれた、マドラサの少女たち。
そうできたらどんなに素晴らしいだろうと思うのだけど、護衛警察が許してくれない。
夕方になると、もう宿に帰る時間だよと、迎えに来るので、
渋々、マドラサを後にする。
また、明日も待っているからね。
アラーハーフィズ、と云ってくれる少女たちに手を振ってお別れ。
昼間はマドラサで過ごし、夕方になると宿へ。
そうして一週間が、あっという間に過ぎて行った。
改宗してから、まる1ヶ月が経とうとしていた。
実を言うと、初めは、お清めの方法もお祈りの作法も言葉も、
正直よくわかっていなかった。
けれど1ヶ月がたったこの頃には、
一通り、お祈りの言葉や作法を覚えることができていた。
クルアーンのいくつかの章を、暗唱できるようにもなっていた。
本当に熱心に、教えてくれた先生や少女たちのおかげだった。
最終日。
突然現れた外国人を暖かく迎え入れた少女たちに、何か贈り物をしたい、
少女たちが喜ぶ良いものはないものかと、ファルークに相談をする。
町一番のベーカリーがあるから、そこでお菓子を買って往くといいよ、
と言われたので、ベーカリーへ行ってみる。
そこで大量のお菓子を大きな箱に詰めてもらい、
それを両腕に抱えてマドラサへと向かう。
いつものように、小さな子たちが扉を開けて出迎えてくれる。
気持ちばかりのお礼にと、お菓子を差し出す。
質素な生活を送るマドラサでは、普段、
なかなか食べられるものではないのかもしれない。
みんな、とても喜んでくれた。
この日は、別れを惜しんでゆっくりしていたら、
宿に帰るのが夜遅くになってしまった。
護衛警察から早く出てくるように大声で外から呼ばれているけれど、
(警察は男なので女の子のマドラサの中に入れない)、
少女たちがなんとか説得してくれ、夜までマドラサで過ごせた。
女の子たちはそれぞれ、ピアス、リング、
ミスワーク、お祈りの数珠など、プレゼントしてくれる。
また、いつでも来ていいからね、待っているからね。
と、優しい言葉とともに送り出してくれた。
帰りが遅くなったことに対し、
護衛警察にブツブツと文句を言われながら帰路へ。
宿に着いたのは、夜9時になろうというところ。
いつもなら宿のスタッフはとっくにご飯を食べ終わっている時間。
けれどこの日は最後だからと、みんないつ帰って来るかわからない私を、
ご飯を食べずに待ってくれていたのだ。
さぁ、夕食にしようと、
なんでもないように準備を始めるみんな。
有り難いような、でもちょっと申し訳ないような。
最終日の夜はスペシャルメニュー。
いつもより豪華なメニューが並んでいた。
このご飯が食べれるのも、今日で最後か・・・
チトラールで数日を過ごし、シンプルな食べ物をいただいていると、
過酷な移動で疲れきった体も、
油や辛いもので荒れて食べ物を受け付けなくなっていた胃袋も、
いつの間にか癒されて、元気を取り戻している。
過酷な移動で疲れきった体も、
油や辛いもので荒れて食べ物を受け付けなくなっていた胃袋も、
いつの間にか癒されて、元気を取り戻している。
充電完了。
出発の時だ。
出発の時だ。
***
チトラールで過ごした日々。
ウルドゥー語やコワール語をほとんど使えない上に、
英語での表現力もあまりに乏しい私は、
英語での表現力もあまりに乏しい私は、
「ありがとう」という言葉を、ただひたすら唱えていた。
それしか、云えることがなかった。
「ありがとう」と伝えることが、何ももたない私にできた、唯一のことだった。
暖かな歓迎でいつも心は満たされていて、
たくさん親切にしてもらって、助けてももらった。
けれど、与えてもらうばかりで、
私には返せるものが、呆れるくらいに何もない。
その事実を前に、私は日々、呆然としてしまう。
どうしたら、溢れんばかりの心の内を、ちゃんと表現できるのだろう。
与えてもらった物事に報いるだけの何かが、返せるのだろう。
どうしたら、そういうことがいとも簡単にできる人になれるのだろう。
旅中、ずっと、考えていた。
そしてチトラールを発つとき、
心に決める。
「次、ここに戻ってくるのは、
何かをちゃんと返せる人間に、なってからだ。」
:
進みゆく道の遠さを思うと、時折、目眩がする。
今の己に出来ることの小ささを思い知らされる度に、
どうしようもなく、途方に暮れる。
今の己に出来ることの小ささを思い知らされる度に、
どうしようもなく、途方に暮れる。
最後にチトラールを訪れてから、もうすぐ1年が経とうとしている。
ウルトラマンで言うところの、カラータイマー、
エネルギーが不足して胸のランプが赤色に変わり、
ピコンピコンとピンチを知らせるタイマーが、
常に鳴り響いている状態。
それでも電池が切れてしまわないのは、夢のおかげかもしれない。
パワーアップした暁には、再びあの地を踏んでみんなに会いにゆく。
行きたいとこへ行き、やりたいことをしている場面を、想像する。
チトラールのことを夢見て、様々に想いを巡らせる。
そうすることが、切れそうな心も生きながらえさせてくれる。
行きたいとこへ行き、やりたいことをしている場面を、想像する。
チトラールのことを夢見て、様々に想いを巡らせる。
そうすることが、切れそうな心も生きながらえさせてくれる。
元気を出すために、久しぶりに、
パウロ・コエーリョのアルケミストを読む。
夢を追求する一瞬一瞬が神との出会いだ。
僕が真剣に自分の宝物を探している時、毎日が輝いている。
それは、一瞬一瞬が宝物を見つけるという夢の一部だと知っているからだ。
心に、大切なものが確かにあるから、
今も、実はとても幸せなのかもしれない、
と、ふと気付く。
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