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2019年3月31日日曜日

パレスチナに行く前に読みたいおススメ本5選。

3月頭から、2週間という短期ではあったけれど、
パレスチナ(イスラエル)とヨルダン、それぞれ1週間ずつ、旅をした。
イスラームを学んで行く中でアラビア語への関心から始まり、
アラブ文化や中東全体に興味が湧いて来たことや、
一度はパレスチナの現状をこの目で見たいという想いから、
出発の1ヶ月前にヨルダン行きの航空券を取り、
3月7日、経由地のアブダビへ向けて成田空港を発った。





パレスチナに行くにあたり、
事前勉強で、パレスチナ問題に関する本をいくつか読んだ。

パレスチナ問題には、
多くの国々やそれぞれの政治的な思惑が複雑に混じり合っている。
そのため、本質を理解するには一方的な見方をするのではなく、
歴史的背景も踏まえてさまざまな角度から見て行く必要がある。

難解なパレスチナ問題。
解説書は、どれを選んだら良いのか迷ってしまうほどに、たくさん出ている。
そんななかで、一から学ぶ人にもわかりやすくてオススメできる本を、
以下に紹介したいと思う。


(紹介というより、感想に近いかもしれない。
内容を記憶しておくためにも、ここに記しておきたい。)






なるほどそうだったのか‼︎パレスチナとイスラエル 

高橋和夫・著



著者は、パレスチナ関連本を数多く出している国際政治学者。

以前、パレスチナ問題に関する別の解説書を読んだことがあるけど、
そのときは「なんだか複雑すぎてよくわからない」で終わってしまった。
解説の難しいパレスチナ問題だが、この本は多角的な視点で書かれているので、
問題の立体像が見えてきやすいと思う。
しっかりと読み込む必要はあるけど、パレスチナ問題の解説書としておすすめできる一冊。
ただし発行が2010年なので、近年のパレスチナ問題を探ってゆくには別の書籍なども併用した方が良い。




ガザに地下鉄が走る日 

岡真理・著



上で紹介した本の発行年が2010年だったので、
最新のパレスチナ情報が知りたいと思い、読んだのがこれ。(2018年11月発行)
結果、読んで見て大正解。この本に出会えて本当に良かった、と思う。
ここ数年で読んだ本の中で一番、と言えるくらい良かった。

本に出てくるのは衝撃的な内容も多い。
この本を読み終わったとき、今いる世界が、ものすごく歪んだいびつな世界に思えた。
けど、どれもこの時代に生きるなら知っておかねばならないことだと思う。

パレスチナと関わり続けて40年の著者が、
絶望的な状況でなお人間的に生きる人々との出会いの物語を綴っている。
解説本を読んで問題の全体像をつかむことはもちろん大切だけど、
それを読んだだけではそこに暮らす人々の姿が見えてこない。
その点この本は、パレスチナ人による事実の証言がベースとなっている。
不条理な世界に対する、パレスチナの人々の叫びが聞こえてくるよう。

著者は、彼らの、声なき声の伝達者。
パレスチナで殺されてゆく人たちの絶望のうめきを体全体で受け止めて来た、
筆者の、不条理な世界に対する静かな怒りがひしひしと伝わってくる。

本の初めから終わりまで、とにかく涙が止まらなかった。
これまで何も知らずにいた、自分に対する不甲斐なさや悔しさもあった。

「ガザ、世界最大の野外監獄、無期懲役ときどき死刑、罪はパレスチナ人であること」

本文に出てきた、パレスチナのガザ地区での出来事の本質を突く一文。


イスラエルが建国され、70万以上のパレスチナ人が難民となった、1948年。
それから、70年の月日が経った。
今やニュースで報道されることは少ないけれど、
パレスチナの状況は、年々、最悪を更新し続けている、のだという。

パレスチナで何が起きたのか、今どんな状況にあるのか、
これからどうなってゆくのか。

心を持った人間であり続けるために、
無知が知らず知らずのうちに、加害者側に加担してしまうことにならないように、
真実を知り続けたい、そう思った。

たとえとして「パレスチナは満州、イスラエルは日本」と言われることがある。
パレスチナとイスラエルの問題は、
私たちにとっても、決して無関係なことではない。


正しく報道されないパレスチナ。
真実を知るきっかけがないパレスチナ。

時間がなくても、パレスチナ問題に興味がなくても、
どんな人でも読んでもらいたい、知ってもらいたいと思える本。

文学的表現がちりばめられた、文章の美しさもまた、素晴らしい点の一つだと思う。




知っておきたい、世界の宗教。
ユダヤ教/キリスト教/イスラム教/ヒンドゥー教/仏教/神道

ペン編集部・編



イスラエルとパレスチナ、双方にとって重要な都市・エルサレム。
この地域に観光に訪れる人たちが必ずと言っていいほど行く場所。
そしてこのエルサレム、宗教を無しにして語ることはできない。
なぜならエルサレムは、ユダヤ教・キリスト教、イスラム教、
それぞれにとって大切な聖地であるから。
エルサレムを歩くということは、宗教と出会うこと。

各宗教を厳密に理解しようとするならば、
それぞれの歴史を知った上で聖書を読んだり解説書を読んだり、
膨大な時間がかかる。
けどこの本を読むことで、最低限必要な基礎知識くらいは知ることができる。

この本は大きく三部構成になっていて、
まず初めに、6つの宗教の解説がある。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、神道。
それぞれの宗教について
■どんな神様を信仰しているか
■いつ、誰が始めたのか
■聖典は何か
■最も重要な教義は何か
■いつ、どこで、どうやって祈るのか
■どうやったら信者になれるのか
■どんな儀式や行事があるか
■どんな宗派があるか
■食べてはいけないものはあるか
■ファッションや髪型に決まりはあるか
■信者との結婚はできるのか
■死ぬと人間はどうなるのか
■悪魔はいるか
■人間はどんな存在か。人間は何のために生きるのか。
などさまざまな視点で解説される。
比較でそれぞれの「違い」と「共通点」が見えてくる。

第二部は、信仰と生活。
信仰を持って生きる人たちを個別にインタビューし、
その暮らしぶりや生活の様子が描かれている。

第3部は、美術と建築。
宗教の下で、それぞれに発展してきた、
それぞれの宗教を形容するような多彩なアートの紹介がされている。




パレスチナを知るための60章

臼杵陽、鈴木啓之・編著




これは帰国してから、さらに知りたいと思って手に取った本。
このシリーズは、その地域の文化面や生活面をも詳しく知ることができるので、
現地事情を改めて理解したいと思った時にとても役立つ。




イスラエルを知るための62章

立山良司・著



パレスチナの、合わせ鏡の裏面にある、イスラエル。
「パレスチナを知るための60章」と読み比べてみると色々な発見があると思う。







2019年3月26日火曜日

スワートの宿情報まとめ【パキスタン】

ミンゴーラの宿


ウディヤナホテル UDYANA HOTEL ※2018年5月



■場所:グランドトランク通り沿、町の中心部にある。
ウディナヤマーケットの2階が宿になっている。
ジェネラルバススタンドから歩いて10分程度。
■料金:シングルRs600〜
■設備:wifi、ファン、ホットウォーター、レストラン(メニューとかはないけど、リクエストしたら何かしら作ってくれる/有料)
■電話:0946-725076
■メール:udyanahotel@yahoo.com

・地球の歩き方にも載っているバックパッカー向け安宿。
でも現在は、外国人客は皆無。ほぼパキスタン人のビジネスマンまたは旅行者。
・セキュリティ関係で、外国人が来ると警察が来るようになっているみたい。
パスポートとビザのコピーや、滞在目的などのインタビューがあった。
・オーナーと、スタッフ1名が英語を話せた。
オーナーは車関係の仕事をしていたこともあり、日本に何度も行ったことがあるとのこと。
・ツアーやタクシーなどの手配もしてくれる。
・ホットウォーターは出る部屋と出ない部屋があるらしい。夏場はたぶん出ない。
・ファンはあるけど停電でよく止まる。夏場はかなり暑くなるので覚悟が必要。
・マーケットの中にあるのでややうるさい。
・部屋は綺麗ではないが、街中でこの料金だったら十分かな。


Punjab D Papa Hotel ※2018年5月

■場所:グランドトランク通り沿 / Nishat Chowk
■料金:シングルRs1200〜
■設備:wifi、ホットシャワーなど。レストラン併設。
■電話:0946-725362 / 0345-7253636(Cell)

ウディヤナホテルから歩いてすぐのところにある宿。
レストランを利用しに行ったところ、ホテルもやっているとのことで部屋を見せてもらったが、清潔感のある綺麗な部屋だった。



カラームの宿


マルコポーロホテル HOTEL MALCO POLO ※2018年5月



■場所:小さい村なので人に聞けばすぐわかる
■料金:オフシーズンRs1500→Rs1000まで下げてもらった
■設備:テレビ、ホットシャワー(ぬるい)、レストラン(メニューとかはないけど、リクエストしたら何かしら作ってくれる/有料)

・外観も中も綺麗な中級ホテル。
この料金で泊まれたのは、ポリスの交渉のおかげ。
・英語を話すスタッフはいなかったが、近くの商店のおじさん(英語ペラペラ)がいつも通訳してくれたので問題なかった。


2019年3月24日日曜日

スワートへの行き方、移動情報まとめ【パキスタン】



※以下はすべて2018年4〜5月時点での情報になります

スワート(ミンゴーラ)への行き方


周辺各都市からスワートへの主なアクセス方法は以下、4通り。
  1. イスラマバードから直行
  2. ペシャワールから直行
  3. ギルギットからカラコルムハイウエイのベシャームを経由して
  4. チトラールからテマルガラを経由して
ここでは1について詳しく書きます。

イスラマバードから


【Daewoo Express利用の場合】


■便数:1日に5便
■料金:Rs820
■所用:約5時間
・出発場所は、I-14エリアのDaewoo Bus Terminal。
イスラマバードの中心地からは離れている。
・オフィスはF-7、G-8にもあり、事前予約やチケットの購入も可能。
当日バスターミナルで購入でもおそらくOK。でも予約した方が確実。
公式ホームページからネット予約画面に行けるが、
外国人はNICカード(国民のIDカード/身分証明書)がないので予約はできない。
電話予約がオススメ。
・途中、チェックポイント2箇所あり。
パスポート&ビザコピーは求められないが、訪問目的や電話番号などを聞かれた。
バス車内で2回、ビデオ撮影あり(一人一人の顔を写す)。
・到着は、市西部のDaewooバススタンド。ジェネラルバススタンドの隣。

住所:Khasra No.1459/2/2, Village Jhangi Sayyedan, Near EME College(I-14)
電話:051-5466215
HP:https://daewoo.com.pk


スワートエリアの移動情報


ミンゴーラからカラームへ


【乗り合いバス利用】


■便数:1時間おきくらいに、1日に何本か出ている。人数が集まったら出発。
■料金:Rs480(助手席2席分)
※本当は一人Rs240。保守的な地域事情により女性は身内以外の男性の隣席にはなれない。
他に女性がいればいいけれど、いない場合2席分払って助手席になる。
■所用:6時間
・出発場所は、市西部のジェネラルバスステーション。
・道は未舗装で細い。対向車が来るとすれ違いが大変。
あちこちで道路工事していた。距離のわりに到着まで時間がかかる。
・時間がかかる上にカラームに近づくにつれて道が悪くなっていくので、
午前中に出発した方がいい。(私の場合は朝7:30に出発。)
・チェックポスト数カ所あり。外国人慣れしてないので時間かかる。
パスポート&ビザコピーは求められないが、パスポートの写真を撮られたり、
訪問目的など様々な質問をされる。
・5分くらい途中休憩あり。


カラームに着いたら警察署へ


女性の場合(男性の付き添いのいない)は、滞在中の護衛は必須。(夜はポリスは家に帰る)
男性の場合「必要ない」と言えば、ポリスなしでもok。
治安に問題あるわけではなく、女性が一人で歩くことが危ないということだった。
ちなみに、カラームのポリスで英語を話す人は少ない。


カラームからマホダンレイクへ


【ジープを手配】


■料金:Rs3000
■所用:3時間
・ローカルバスは出ていないので、自分でジープを手配するしかない。
(私の場合は、宿のスタッフに依頼)
・途中、レストランや売店があるので休憩できる。
・マホダンレイクは高地にあり、5月頭頃にオープンする。
(雪のためジープが入れる期間が限られる。)


カラームからミンゴーラへ


【乗り合いバス利用】


■便数:1日に数本、1時間に1便くらい出ている。
■料金:Rs480(行きと同じ理由で、助手席2席分)
■所用:4時間半(チェックポストでの足止めが少なかったため行きよりスムーズだった)
・出発場所は、カラーム町北部のバス発着所
・昼食時間を挟んでいたため途中の村で食事休憩。
・到着場所は、ミンゴーラ市西部のジェネラルバススタンド




パキスタン出身マララさん、初来日。

2019年3月23日。
パキスタン・スワート出身、2014年にノーベル平和賞を受賞したマララさんの日本での講演。






史上最年少の17歳で2014年にノーベル平和賞を受賞したマララ・ユスフザイさん(21)が23日、東京都内で開幕した国際女性会議「WAW!」で基調講演し、貧困や紛争を防ぐための女子教育の重要性を訴え「われわれの指導者は女子教育に投資しなくてはならない」と述べた。マララさんの来日は初めて。
-Kyodo Newsより

2019年3月9日土曜日

パキスタン女一人旅紀行'18春【目次】


1. カラコルムハイウエイとフンザと / カリマバード(フンザ)

2. フンザ女性の人生とイスラムのこと / カリマバード(フンザ)

3. 杏の花咲く春のパスー村 / パスー(上フンザ)

4. パスーの素敵宿と名物おじいちゃん / パスー(上フンザ)

5. もうひとつの風の谷、ユンズバレーへ / パスー(上フンザ)

6. チュプルソンの瞳 / チュプルソン(上フンザ)

7. ウルタルの崖崩れ。今日を生きる / カリマバード(フンザ)

8. 新緑のフンザでまったり / カリマバード(フンザ)

9. フンザの有名宿ハイダーインのハイダー爺のこと / カリマバード(フンザ)

10.  タリバンに撃たれた少女の故郷へ / ミンゴーラ(スワート)

11.  シャホリの仏教遺跡とスワートの人々 / ミンゴーラ(スワート)

12.  上スワートの中心地、カラームヘ / カラーム(上スワート)

13.  「東洋のスイス」マホダンレイクへ / カラーム(上スワート)

14.  コヒスタン、山の民が暮らす土地 / カラーム(上スワート)

15.  ヒンドゥークシュ山脈の麓、チトラールへ / チトラール

16.  POLO!熱気溢れる男たち / チトラール

17.  JOSHI〜カラーシャ谷、春のお祭りにて〜 / ブンブレット(カラーシャ谷)

18.  お湯に浸かれることがこんなにも幸せだなんて / ガラムチャシマ(上チトラール)

19.  ヒンドゥークシュをみつめて / チトラール

20.  パキスタンでラマダーン / チトラール





2019年3月7日木曜日

パキスタンでラマダーン。


パキスタンのチトラールに来てから2週間が経った。

2週間もあれば、他にもいろいろな場所を巡れたはずだけれど、
旅の残りの時間を、大好きなチトラールで過ごすことを選んだ。







ラマダーンに参加したい!


2018年、5月。


「Yuki、もうすぐラマダーンが始まるよ」


チトラールの人たちが、ラマダーンのことを
口にするようになった。



イスラムのラマダーンといえば、断食。
世界約15億人のイスラム教徒が、
このラマダーンの1ヶ月間、毎日、
日の出前から日の入りまでの間の飲食を一切絶つ。


日の出と日の入りの時間は国によって違うので、
その国の時間に合わせて世界中で行われるのだが、
この時のパキスタンは日の出前のお祈りタイムが夜中の3時過ぎ、
日の入りが夜の7時くらいだったので、
約16時間もの間、食べ物も飲み物も、一切口にしないということになる。



そんなこと、人生で一度もしたことがない私。
何だか、ものすごく苦しそうなことに思える。


でも、みんなはラマダーンを嫌がるようすは一切なくて
むしろ、どこか楽しみにしているような、そんな雰囲気だった。



私は、このラマダーンを、やってみたい、と想った。


そこで、まずは身近にいる宿のスタッフや
護衛警察たちに宣言してみた。


「私も、ラマダーンの断食やるね!!!」


そう告げると、
みんな目を丸くして、
「何で?何で断食したいの?」
「君は旅行者だし、断食はそもそもしなくていいんだよ?」
(イスラム教徒でも、旅行中の断食は免除される)


それに対して、
「みんなと同じことをして過ごしたいから!」
と私。


みんな、「何それ〜」という感じで笑っていたけれど、
でも、本当に、そうなのだ。




世界の人口の4分の1が一斉に行うラマダーンは、一体どういうものなのだろう。
みんながラマダーンを楽しみにする理由は何だろう。
断食は、本当に苦しいのだろうか。
断食をすると、体やこころはどんな変化があるのだろう。


そういうことを知りたい、というのも理由の一つだった。





そんなわけで、帰国するまでのたった数日間ではあるけれど
パキスタンでのラマダーン体験が始まったのだった。



イスラム教徒にとってラマダーンとは、修行の一つ。
自身の信仰心を清める目的がある。
さまざまな欲を捨て、唯一絶対の神への献身と奉仕に没頭する期間。
この期間中の善行は普段よりも重要とされていて、寄捨も盛んになる。
そして食欲を断つなど、禁欲が課せられる。
断食は、空腹を経験して飢えた人への共感を育むことを目的として行われる。





はじまりの夜


2018年5月16日。


ラマダーンはこの日、月が見えたら始まるらしい。
夜の8時に政府から発表があるとのこと。


天気が悪かったのでどうだろう・・
と思っていたけれど、どうやら今夜から始まるようだ。


町で配布されていたラマダーンカレンダーによると
初日の断食の時間は朝3時21分から夜7時18分。約16時間の断食だ。


私は何となく、食べないことは問題ない気がしたけれど
水を飲めないということは脱水もありうるので心配だった。
この日の夜は、ご飯をしっかり食べて、
水分やドライフルーツを十分にとった。



みんな、夜11時くらいに寝て、夜中2時半くらいに起きて
スフール(断食前の食事)をとるらしい。


夜中の3時前。

宿のスタッフが、寝ている私を起こしに来てくれた。
「スフールの時間だよ。」


レセプションに降りていき、
住み込みでで働いているスタッフ2人と
チャパティをジャムとクリームでいただき、チャイを2杯飲む。
そして断食が始まる合図でもあるアザーン(モスクからの、礼拝を呼びかける放送)の音を聞くとともに、みんなで水ボトルを一気飲み。


いよいよここから、断食が始まる。



スフールが終わりアザーンが流れた後、
スタッフ2人はお祈りへ。


その後は、二人ともイスラム教の聖典クルアーンの朗読を始めた。
聞いてみると、アラビア語で書かれたクルアーンの内容は、
わからない部分がほとんどみたいだけど、
(言葉はわからないけど、小さい頃からイスラームを学んで来ているので
どんな意味の内容が書かれているかは知っている)
文字自体はウルドゥー語も同じアラビア文字を使っているので
読むには問題ないとのことだった。
私ももちろん何を言っているかわからなかったけど
コーランの独特のリズムや、歌のように奏でられる響きがとても美しいと思った。



このあとはみんなもう一眠りするとのことだったので
私も部屋に戻りしばらく日記をつけたりしてから眠りにつこうと思ったけど
食べ過ぎて胃がもたれ、
そして水分取りすぎで頻尿になり、なかなか眠れず。
結局、ウトウトしたり、目が覚めたりを繰り返して
やっと眠くなってきた頃に、起きる時間になってしまった。





ラマダーン初めての1日


9時に起床。
洗濯や諸々準備を済ませ、同じ宿に泊まっていたトシさんと待ち合わせ。
約束していた時間に護衛警察が来てくれて、宿を出発。
今日は、カラーシャやチトラールで数日一緒に過ごしたトシさんが、
チトラールを出発してマスツージへと向かう。


見送りのため、一緒にバススタンドへ。
バスはラマダーンが始まり本数は減っているようだったけど、
輸送用のバンが見つかり、そこに乗せてもらえていたのでよかった。


トシさんとお別れしてからは、護衛警察とともに歩き始める。
カラーシャから帰って来てからは護衛が代わり
ザミールというドローシュ出身の22歳の若者がついてくれることになった。


護衛警察とは、外出中常に行動をともにするので
相性によってはとても楽しくなることもあるけど、
ハズレだと微妙になることも。。。


ザミールとは相性が良さそう。
この数日間はなんだかとても気が楽だったし楽しかった。



そこまで口数は多くなかったけれど、
英語が話せてこちらが話しかけると楽しそうに笑ってくれるし、
私のペースに合わせてゆっくり歩いてくれた。
女性の私に対して、ちゃんと距離を保って接してもくれた。
何より、私がやりたいように自由にさせてくれるところがありがたかった。
前の護衛の口癖は“It's not allowed”だったけど
ザミールの口癖は“It's your choice”だった。



まずはチトラールミュージアムへ向かった。
ここに関しては、ロンプラでは散々な言われようでけなされているけど
展示内容自体はそこまで悪くなかった。
けれど説明書がほぼないことと、
スタッフに尋ねても「よく分からない」と言われるばかりなのが残念だった。
展示内容は、チトラール王国のものではなく、カラーシャとガンダーラ文化のもの。
この内容ならば、ここに来るよりも、
ブンブレットにある博物館(内容充実・スタッフも詳しく解説してくれる)や、
ペシャワール博物館(ガンダーラ仏教の展示が充実しているらしい。行ったことはないけど)
に行った方がいいかもしれない。


それから、チトラールミュージアムと同じ敷地内にある
ポログラウンドの木陰で、少し休憩。
チトラールの子供たちが、クリケットをして楽しんでいるのを見学。


この時点で時間は13時前くらい。
最後の飲食から10時間近くになる。
お腹も空いて来たし喉も乾いてはいたけど、案外平気だった。
この日のチトラールの気温は20℃くらいで、
過ごしやすい気候だったから良かったのかもしれない。


思ったよりも余力があったので
「もう少し町を歩いて回りたい」
と言うと


「これから一番暑い時間になるし(せいぜい20℃後半だけどね)、
君は断食に慣れていないから無理しない方がいい。
夕方、もっと涼しくなってから歩こう」
とザミールに言われ、いったん宿に戻ることに。


宿で昼寝をして、16時前に再出発。
バザールを抜けて、町の外れへ。
ラマダーン中は店はだいたい昼くらいにならないと開かない、
と言う話をどこかで聞いていたけれど、
チトラールの人は真面目なのか、朝早くからほとんどの店が開いていた。
食べ物屋はやっていたけれど、それはイフタール用(日没後の断食明けの食事)で、
レストランやチャイ屋で飲み食いをしている人は誰もいなかった。
この時同じ宿に泊まっていた外国人旅行者は、この状況に苦労しているようだったけど・・


チトラールの町から山の方にある集落まで歩いた。


ポツリポツリと点在する民家の脇の道を通り、
好奇心旺盛な子どもたちと時おり交流しながら、
チトラールのバザールが見渡せる場所まで歩いた。



歩いている途中、ザミールはしきりに唾を吐き出していた。

“断食中、真面目なムスリムの中には唾さえも飲み込まないようにする人もいる”
というのはどこかの記事か本で読んだことがある。


本当に、唾すらも飲み込まない人がここにいた。。!


私なんかは、喉の渇きをなんとか唾を飲み込むことによって潤していたけれど・・

気合いが違うわ、このひと。。すごいなぁ。と感心。


ザミールはラマダーンが始まる前から
「断食が始まるのが嬉しい。すごく楽しみだよ。」と話していた。

ラマダーン中は、自身の精神を鍛えることができる期間。
この期間にする善行には、普段の何倍もの報酬がある。
そして何より、日中は断食をして過ごすけれど、
夜になると家族揃って食卓を囲んだり、モスクに出かけたり、
ナイトマーケットに買い出しに繰り出したり、賑やかに過ごすことになる。
日中、頑張って過ごしたぶん、日没後の楽しみがある。
家族や同じイスラムの仲間での一体感も生まれる。

決して、苦しいだけの期間では無いのだ。



「お腹すいたね。喉乾いたね」と話しつつも
楽しくチトラール周辺散歩をし、
夕方になって、宿に戻った。








イフタール


イフタールまで、あとすこし。。。


待ちに待った・・・と言うほどでもなく、
「なんだかあっという間だったなぁ。
と言うか、峠を越えたのでそこまでお腹空いてないかも・・」
と言う、予想外の状況。



喉はカラカラだけど、
でもそれは、私だけじゃ無い。
みんな一緒に断食を耐えている。
みんな同じだと思えば、何も苦などなかった。


でも、宿の若いスタッフたちは、結構大変そうだ。


「調子はどう?」といつものように尋ねると
「調子は悪いよ〜お腹が空きすぎて。」というスタッフ。

「君は?初めての断食、どう?」と聞かれ
「初めての体験だけど、案外平気かもしれない」と答えると
目を丸くしていた。

私はこのころ、元が少食だったのが良かったのかもしれない。
(胃炎によりしばらく少食生活をしていた)
消化にエネルギーを使わなくて済むので、
むしろ体がスッキリしているような感覚すらあった。

でも、若くてエネルギッシュな若者男性には、辛いのだろうなぁ・・




イフタールの時間が近づくと、みんないそいそと食事の準備を始める。

夜の7時すぎ、イフタールのお知らせブザー音(断食の終了を知らせる)が町に響き渡ると、
みんな「来たー!!!!」という感じ。


“ビスミッラー” (アッラーの御名において)
と、日本語の「いただきます」に当たることばを唱えてから、
みんなばくばく食べ始めた。
私もみんなと同じようにまずはデーツ(ナツメヤシ)をいくつか口に運び、水分をとって。
それからはいつもどおり。特に量はいつもと変わらなかった。
いつもは仕事が終わったあと自分の家に帰るスタッフも、
ラマダーン中は一緒に食事を楽しんだ。


私はチトラールでは、アルファルークホテルに泊まっている。
夜飯はいつも、ファルークのお母さんが作るとっても美味しい家庭料理を
宿のスタッフとみんなでいただいていた。
この日もファルークママご飯だったのだけど
いつものカレー、パラウ(炒めご飯)、ヨーグルトに加え、
パコーリ(揚げ物)やシャシーという甘いお菓子が出て来たり、
普段より豪華な内容だった。
街で会ったチトラールの友人何人かにも、私が断食をすることを話していたので
宿に差し入れの食べ物を持って来てくれる人もいた。



ラマダン明けの食事は、やっぱり、とびきり美味しかった。
断食にそこまで苦痛は感じなかったとはいえ、
食べ物を口に入れた瞬間は、最高だった。
“こんなにご飯が、美味しく感じるんだね・・”
ジーンと、目頭が熱くなった。


“アルハムドゥリッラー”(アッラーに讃えあれ)
と、「ごちそうさま」に当たることばを唱え
食事を終えた後は、みんなはお祈りへ。
アルファルークホテルには、しっかりお祈り用のスペースがあって
スタッフも宿泊客も、毎日何回もお祈りをしている。
フンザなど他の北部地域ではこういうのを目にすることはなかったので、
去年初めてこの光景を見たときは、新鮮な驚きがあった、
(チトラールはスンニ派ムスリムが多い。1日5回のお祈りをする。
フンザはイスマイリー派。戒律がゆるく、お祈りの回数も少ない)


初めはこの光景が日常であることに新鮮な驚きがあった。
「ここの人たちは、熱心にお祈りするんだなぁ」
としか思っていなかったけど
毎日この姿を見ているうちに、
「心にブレない芯のようなものがあるっていいなぁ」
真摯に祈り続けている敬虔なイスラム教徒である彼らを見ているうちに
なんだかそのお祈りすがたが「美しいな」と思うようになった。


イスラームのことは、勉強中。まだまだ、謎な部分が多い。
けれど初めてパキスタンにきた時の
「なんとなく怖い宗教。イスラームの話は、なるべく避けたい」
というイメージからは随分と変わった。
初めはイスラームについてどう思うか聞かれたときは
「勉強不足だからよくわからない」と答えていた。
イスラームにはマイナスなイメージもあったので、できるだけ避けたい話題だった。
けれど最近では、
「まだよくわからないけど、知りたい。
関心があるし、ムスリムのことはリスペクトしている」
に変わって来ていた。



断食を終えて、「yukiも一日、断食できたね、おめでとう!」
と、みんな私が断食していることに対してすごく喜んでくれた。

「次のステップはお祈りだね」とも。

ラマダーンに入る前は、
「断食は大変だよ〜」
「君には難しいと思うよ〜」
などと、いろいろ脅されたけど。笑




こんな具合で、チトラールの最後の数日間、
みんなと一緒にラマダーンをして過ごした。






イスラマバードへ


フライトの日にちが近づき、チトラールを離れる時がきた。


チトラールからイスラマバードへは、12時間のバス移動。

スフールの時に、24時間持続する強力な酔い止めを飲んでいたので
酔いはしなかったけど、副作用による口渇がすごかった。
でも、バスの車内で誰も飲食をしている人はいないし、
そんな中で自分だけ飲むのは嫌。なんとか我慢した。


移動中は、モスクを通りかかる度にバスを止めて
みんな真摯にお祈りをしていた。


モスクの入り口にはブルカをまとった物乞いの女性がいて、
モスクから出てくる人たちは、
そんな人たちに惜しまず喜捨をしていた。


イスラームには、助け合いの精神がある。
お金を持っている人が、貧しい人を助けるのは当然の行為。
喜捨をする姿はラマダーン以外でも見られるけど、
特にラマダーン中にした善行はいつもよりポイントアップするらしく
喜捨も盛んに行われるのだという。


イスラマバードが近づくにつれ、どんどん暑さが厳しくなって来た。


5月。南の地方だと、気温40°超えは日常茶飯事だ。
こういった地域だと、断食はものすごく大変だと思う。
熱波の押し寄せたカラチで、断食をしていた人々の
救急搬送や死亡が相次いだというニュースをみたこともある。


イスラムの断食は、すべてのムスリムに強制されるものではない。
妊娠中、整理中の女性、子供、お年寄り、旅行者、病気など体力がない者など
断食が難しいものに対しては、免除または延期も許される。
一日中重労働が課せられるものに対しても免除される、という特例もあるらしい。
(その場合は、毎日貧しい人に食べ物を施す)

「貧しいものの気持ちを体験する」という意味が込められている断食。
だから、気持ちがわかれば、救急搬送されるまで我慢しなくてもいいのではないか・・
神様も、断食で死ぬことは望まないのではないか・・と思ってしまうけど

でも敬虔なムスリムにとっては、
「(心の中心にある)神様のために守りたい、何よりも大切なもの」なのだろう。
命を犠牲にしてまで・・・?とやっぱり思ってしまうけど。


日没が近づき、バスの窓から見える町も
すこしずつ活気が出て来ている。
街にはイフタールのための屋台が多く出ている。


栄養満点のナツメヤシ、
スイカやメロンなど水分の多い果物、
あとは良く見るパコーリなどの揚げ物屋さんを始め
様々な食べ物屋さんが並ぶ。

みんな、イフタールのための買い物をしている。



夜7時頃。
イスラマバードへ続くモーターウエイのサービスエリアで、
無料で振る舞われていた食べ物をいただき、
バスに同乗していた人たちとともにイフタールの食事をとった。



イスラマバードへ着いてから、フライトまでの1日は
宿でスタッフと話したり、部屋で日記をつけたり、
宿周辺を散歩して歩いたりと、ゆったり過ごした。





***





“宗教も、言葉も、文化も超えて、世界中の人と仲良くなりたい。”

旅をする前から、もうずーっと前から、それは私の夢だった。




知識も教養もない。
言葉もたいして話せない。


そんな私でも、
異文化の地域に、人々の輪の中に、入ってゆくことはできる。




地元の人たちとなるべく積極的に関わって
身振り手振りで話す。
言葉がわからなくても同じ空間に身を置いて
一緒に笑ったり、一緒に楽しく過ごす
彼らがやっていることを真似して、
おんなじものを食べて、おんなじ服を着て、
おんなじことをして過ごす。



今回のラマダーンも、そんなことの一部だった。




ちょっとしたことだけど、そうやって過ごしていると、
みんな驚くほどに、暖かく迎え入れてくれた。
そして人々と過ごすことで知れること、得られることがどれほど大きいか。



現地へ行き、自分の目で見て体験する。
たった一度の訪問が、100冊の本に相当するんじゃないかと思えるくらい
旅で得られるものはとても大きい。







パキスタンが好きになり、
パキスタンの人が好きになり、
大好きな人たちが心の芯に持っているイスラームとはなんなのか、
もっともっと知りたいと思うようになった。
そして、なるべく私もみんなの想いを大切にして行きたいと思った。






このラマダーン体験は、
私にとって、イスラームを本格的に学ぶ大きなきっかけになった。




2018年5月 旅の記録より




2019年3月3日日曜日

ヒンドゥークシュをみつめて【パキスタン・チトラール】



宿のオーナーが手配してくれたジープに乗り込み、
町外れの山へと続くくねくねとした細道を、ひたすら登ってゆく。

窓からは、ジープが巻き上げる激しい砂埃とともに、
ひんやりとした風が舞い込んでくる。


チトラールの町を出発してから約1時間ほどで、
Chitral Gol National Parkの入り口に到着。





7000ヘクタール以上の、広大な面積を持つ国立公園が、ここチトラールにはある。




一応、登山道のようなものはあって、
ここからカラーシャのルンブール谷へ抜けるルートもあるようだけど、
護衛警察が同行しているのであまり奥まで入りこむことは出来ない。
今のポリスはちょっと厳しめで、“It is not allowed”
を、決まり文句のように毎日連発する。









そういうわけなので、今回歩けたのは
広い国立公園内の、ほんのわずかなエリアのみだったけれど
それでも、青く晴れ渡った空の下、
人っ子一人いない静かな森や木々の間を歩き、
ヒンドゥークシュの山々を眺めながらピクニックをする。


この上なく、贅沢な時間に違いなかった。










風の谷フンザも、
東洋のスイスと謳われるカラームも。
美しい場所は、他にもいくらでもある。




けれど、私には、
このヒンドゥークシュの風景が、
一番心にしっくりとくる。




雲がぽつんぽつんと浮かんだ空も、
雪をわずかに浴びた茶けた山々も、
ミニチュアのように広がる町の家々も、全部好き。




そしてなによりも、
このヒンドゥークシュの麓に暮らす人たちのことが、たまらなく好きなのだ。





いつまでも変わらず、平和で穏やかな場所であり続けて欲しいと、
こころから願っている。










2018年5月 旅日誌より





2019年3月2日土曜日

お湯に浸かれることがこんなにも幸せだなんて【パキスタン・ガラムチャシマ】



パキスタン北西辺境の地の、そのまたさらに奥地にある村、ガラムチャシマ。
この村に来た理由はただ一つ、


熱々の、温泉の湯に浸かること。


***


日本を出てから1ヶ月半が経つ。
今回の旅で訪れた場所では、宿でのシャワーはおろか、
水道の蛇口をひねっても水(もしくはぬるま湯)しか出ないところが多かった。
パキスタンは、地域によって気温差が激しい。
砂埃や汗にまみれ旅を続ける日もあれば、
春先という季節、標高の高い地域をまわり、
服を何枚も着込んでやっと過ごせるような寒さの日も多かった。
そんな中で、水浴びをするというのはまるで何かの修行のよう。
「ひやぁ〜っ!」とバスルームでひとり、叫びながら水浴びをする。
寒すぎるので洗ったのか洗ってないのかよくわからないくらいに高速で。
移動が続き、だんだんとそれも億劫になり、
日に日に水浴びをする間隔が伸びてゆく・・
ついには「体を洗うのは週に1回で十分」というレベルに。

パキスタンの辺境を貧乏旅行していると、女子力は日に日に低下してゆく。



こういう厳しい環境で生きる人たち、ほんとうにタフだ・・・

生活環境には恵まれた日本で、それこそぬるま湯に浸かったような生活をしている自分には、
時には辛いと思うこともあった。







チトラールの町から車で2時間ほど北上した場所にあるガラムチャシマには、
一件だけホテルがあり、
そのホテルの客室では浴槽付きのプライベートバスルームが完備されている。
温泉が出るガラムチャシマの恵みである。
普段は貧乏旅行なのに、このときばかりは一泊3000ルピーもする、
私にとってはとんでもなく高級な、このホテルへの宿泊を迷わず決めたのだった。



部屋に入ってからさっそくバスルームで湯をため、
熱々のお湯に浸かった瞬間、ため息がこぼれた。


これまで水浴びといえば、3分程度でちゃちゃっと終わらせるものだったけれど、
このときばかりは夜も朝もそれぞれ2時間くらい、ゆっくりと湯に浸かった。
1ヶ月半分の体の疲れを癒したような気分だった。




熱々の湯が、身にも、心にも染みた。




“お湯に浸かれることが、こんなにも幸せだなんて。”





冗談抜きで、
涙が出るほど心から幸せを感じることができたのだから、
あの汗と砂にまみれ、かと思えば寒さに震えた日々も、
無駄ではなかったのかもしれない。





***




ここからは、ガラムチャシマの風景を、写真でお届け。



ガラムチャシマは、のどかな雰囲気の農村。
青い空と茶色い岩肌の山、木々の緑が広がる。


村の中心を流れる川。雪解けが始まり、水が豊かなガラムチャシマ。





小さな村のバザールを歩く。
ここは、クッキーやケーキを売るお菓子屋さん。


揚げ物屋のおじいちゃん。いい笑顔。
美味しいパコーラを、お腹いっぱい食べさせてくれた。


畑仕事中だった、おじいちゃん。
真顔で決めポーズ。


村の中心にある広場へ行くと、若者がたくさん集まっていた。
フットボールの試合を見学する人々。


村を散歩中に、出会ったおばあちゃん。
カメラを向けたら、照れつつも満面の笑み!







2018年5月 旅の記録より



***



【ガラムチャシマへの行き方】
チトラールから、乗り合いタクシーが一日に何便か出ている。
■場所 チトラール北側にあるバススタンド
■時間 人が集まり次第、出発
■料金 一人200ルピー(セキュリティポリスの分+200ルピー)
所用 約2時間。早朝に行けば日帰りも可。


【ガラムチャシマの宿】
*INNGIKHAN HOTEL
村で唯一のホテルらしい。
中級ホテルなので部屋は素晴らしく綺麗、だけど高い。
部屋に浴槽付きのバスルームがある(湯は温泉!)
■料金 ディスカウントしてシングル3000ルピー!
■設備 辺境の村なのでwifiなし。停電あり。
※外のプール(温泉)のみの利用だと500ルピーだけど、掃除していてプールに湯が溜まってなかったりすると、入れない。